毎回の事ですが、暑さ寒さも彼岸まで とはよく言ったもので、もうすっかり秋の装いです
今日の横浜は、天気もあまりパッとせず、涼しい一日でした
豊玉発句集に、秋の句は一句のみ。
春の句の二十九句に対して、可哀そうな秋…
さて、昨日の映画や頂いた函館土産の件も、お伝えしたいところなのですが
150年前の本日 文久3年8月14日
新八ちゃんの「浪士文久報国記事」によると、この日か翌15日、
またまた鴨さんが、やってくれちゃった出来事が
なお、試衛館組の方々の会話は、私が直接聞いた事()ですので、ご了承くださりませ
「だからぁ、よっくわかんねぇんだよ。もっとわかるように説明しろよぉ」
「って、命令口調かよ、左之」
良い加減に酔ったような左之助を、嗜めるように新八が言う。
「永倉君、構いませんよ。ん~、ただどういえば分り易いかなぁ」
敬助が人の良さそうな顔を、ほころばせる。
「あ、それ私も聞きたいです」
平助がにじり寄った。
総司が微笑みながらそれを見ている。
歳三が、何気ない風を装って耳を傾ける。
前夜に大和屋の焼き討ちから戻った芹沢が、隊士たちを集めて角屋へ繰り出したのだ。
巡察中の隊士を除いて、ほぼ全員が集められた。
が、勇は体調不良を理由に欠席。
源三郎もその看護の為に来てはいない。
もっとも、そう仕組んだのは歳三だったが…
「ひらたく言えば、大和行幸というのは、帝(みかど)が大和国にある神武天皇陵や春日大社に
攘夷祈願をするという事です」
「ふむ。たしか、三月には加茂社、四月には石清水八幡への行幸もなさっていたな」
「お~永倉さん、すごい!」
平助が尊敬の眼差しを送る
「んっじゃ、別に不思議でも、特別なことでもねぇってことか?」
「その辺のことは…」
左之助の質問に、敬助は言葉を濁す。
「しかし、春日大社っつたら、ここ京の都の外だ。そもそも帝は京から出られた事がおありか?
本当に自ら望んでの行幸なのか?」
歳三が、口をはさんだ。
「それなんです。これは私の考えなのですが、」
敬助が声を落とす
自然、皆が背を丸めて小さくまとまった。
「長州の過激派は帝を京よりどこかへ保護し一気に勢力をつけ、政界を牛耳るつもりなのかと…」
「えぇえ~!!!」
左之助がのけぞった。
「うわっ」
平助が己の手で自分の口を封じる。
「ふうむ」
新八が天井を仰いだ。
その時
「うるせぇ 」
突然、芹沢が大声で叫んだ。
ざわついていた宴席が、一瞬のして静まり返る。
「そこ、なにをこそこそやってんだ?」
相当に酔った口調で、ギロリとこちらを見る。
「別にただの雑談ですよ。芹沢局長もこちらへいらっしゃいますぅ?」
総司がにこにこと、応じた。
「儂に、『来い』と言うのか?」
芹沢が気難しい顔で、一座を睨(ね)めまわす。
「沖田! 汝(うぬ)はいつから、そんなに偉くなった?」
「局長、今日は無礼講だとおっしゃったじゃないで…」
歳三の言葉が言い終わらないうちに、いきなり芹沢の鉄扇が舞った。
「…!!」
誰もが声もなく表情を凍らせる。
派手な音を立てて、芹沢の席前の膳が飛ばされた。
「ふふふっ」
立ち上がるやいなや、手当り次第に前腕から瀬戸物まで、叩き壊してゆく。
「局長! 落ち着いて下さい!」
呆気にとられていた島田が、ふと我に返って芹沢に抱きつく。
「邪魔だ 」
島田の大きな身体がふっとばされて、更に激しい音を響かせ、衝立が倒れる。
「だいたい、何だ さっきから見ておれば、この店の仲居が只の一人も出て来ん!
儂を誰だと心得るか 」
ふらつきながら、部屋の外へと歩き出した。
「沖田君」
敬助が頷いて、総司を促す。
左之助らもそれに続く。
素早く部屋を出て、他の客や店の者たちを避難させた。
新見、平山らが芹沢の後を追う。
「てめぇらは、さっさと屯所に戻れ」
座したまま、この様子を眺めていた歳三が、低い声で他の隊士たちに命ずる。
「し、承知いたしました」
言葉もそこそこに、皆があたふたと部屋を出た。
新八だけが、静かに杯に口を寄せていた。
「そう言われれば、確かに仲居はいませんなんだな」
新八が小さく呟く。
「畏れをなしたのだろうが、主人も小手先の事をしてくれたもんだな」
歳三が廊下に視線を流した。
「どいつもこいつも、気に入らん!」
言うが早いが、階段(はしご)の欄干(てすり)に手を掛ける。
「ん~!」
真っ赤になりながら引く。
「やっ!」
ついに、これを抜いた。
後ろで新見がニタリと笑う。
これを小側(こわき)に掻込んで楼下へ降り、帳場に並べてある大酒樽の飲口を叩き落とした。
黄金色の清酒が、どっと流れる。
「あ~あ、勿体ねぇ」
覗き見ていた左之助が思わず声を漏らす。
「左之さんが飲む、何日分でしょうね」
くすりと、総司が笑った。
ふいっと芹沢が振り返る。
ニタリと口辺が上がった。
総司の笑みが引く。
「もしかしたら、芹沢さんは…」
「え?」
左之助の訊き返す声が、芹沢の大音声でかき消された。
「主人(あるじ)は居ないか、是へ出ろ!」
返事は無論、無い。
それに構わず
「主人徳右衛門不埒に依って七日間謹慎を申し付ける」
壊すだけ壊し、そう怒鳴りつけると二階へ引き返した。
歳三と新八、ふたりだけが残っているのを認めると、大笑いをした。
「愉快じゃな。せいせいしたわっ! 近藤も来ればよかったものを…」
「局長、ご自分が何をしたかご承知か?」
新八が静かに問う。
「平素(ひごろ)気に入らぬ徳右衛門の、鼻をへし折ってやったのみよ」
歳三の目を、ひたと見つめる。
「儂はこれより町奉行へ参る。事の顛末を近藤に伝えよ」
目を細め、口を開きかけたのへ
「一足お先を致す」
酒臭い息を吐きかけて、出ていった。
「芹沢は…」
歳三が言いかけ、イヤ何でもねぇと、呟いた。
新八が瞠目した。
芹沢さん、あんたは何がしたいのだー
2013年9月26日 汐海 珠里
☆角屋での乱暴は「浪士文久報国記事」による。「新撰組永倉新八」には6月末頃のエピソードとして書かれる。
☆この日、中山忠光が藤本鉄石・松本奎堂らと京都を出奔する。