冤罪でなぜ警察・検事・判事は処罰されないのか』(1983年9月に発表) | ジャーナリスト 前坂俊之のブログ

冤罪でなぜ警察・検事・判事は処罰されないのか』(1983年9月に発表)


大阪地検特捜部の証拠改ざん事件①

再録『冤罪でなぜ警察・検事・判事は処罰されないのか』(月刊『サーチ』1983年9月号掲載


「誤判は聖代の不祥事であり、天下の痛恨事」と述べたのは今から七十年前の大審院部長である。今、免田事件で「聖代の不祥事」が判明した時、司法当局はどう責任をとるのだろうか。国民は注目している。

          前坂俊之(毎日新聞記者)

       なぜ裁判所や検察・警察は謝罪できないのか 

免田事件の再審判決でひそかに注目していた点があった。無罪判決以外にないことはわかっていたが、河上元康裁判長が判決文を朗読後に免田栄さんに何か一言いうだろうか、その点であった。
 死刑確定囚から三十四年ぶりに無罪になる世界の裁判史上にも残る歴史的な判決で、裁判長は何か国民にアピールしてほしい、と期待していたのである。何よりも想像を絶する苦しみをなめてきた免田さんにせめて、ねぎらいの言葉でもかけてくれればな、とはかない期待を寄せていた。しかし、閉廷後、免田さんが釈放された喜びと興奮ですべてが吹き飛んだ。誰れもそんな一言など期待もしていなかったようだし、その後も考えてもみようとしていない。私もいささか拍子抜けしてしまった。

 釈放までのいきさつをみると、検察側から弁護団に閉廷後、法廷で免田さんを釈放することが伝えられた。昼休みに、河上裁判長、弁護側、検察側が協議し、閉廷後訴訟関係者以外はすべて退廷させることに決めた。

 この一言のやりとりだけで、免田さんへは何の言葉もなかった。河上裁判長は疲労でそれどころでなかったらしもし、そのまま免田さんがみんなの前で釈放きれると多数の報道陣、傍聴者の間で大混乱が起きるのではないかと、心配されたのある。

 当初のスピードで判決文を朗読すれば、午後四時近くまでかかる。河上裁判長は午前十時から延々読み続けたため、午後には声がかれ、ところどころかすれはじめた。一部朗読を省略します、と弁護側、検察側に断り、結局同二時四十七分に朗読を終え、傍聴人、報道陣を一斉に退廷させた。

 検察側の釈放指揮があった後、河上裁判長は「免田さんは弁護団にお渡しします」といい、弁護団は「わかりました」と答えた。の死刑確定囚の無罪判決もあっけない幕切れとなった。
 もし、これが米国などであれば、裁判官はもっと被告の労苦をねぎらったであろうし、検事は握手を求めて無罪を祝福したであろう。

 米国の裁判官や検事の大らかで人間的な態度、フェアな姿勢は映画で何度かお目にかかった。実際、すべてがこうではないであろうし、裁判制度の違うわが国と単純に比較することはできない。それにしても、もう少し何とかならないかと、歯がゆい思いであった。河上裁判長がそうだというわけではないが、一般的に言って、わが国の裁判官は官僚的で血が通っていないのではないだろうか。

 ある司法記者は「無理だよ。河上裁判長は年も若いし、もし、ねぎらいの言葉や謝罪などすると、裁判所内で浮き上がってしまう。判決文ですべてを語ったんだ」と語つた。
 白鳥決定以来、再審の門が広がり、何度も再審請求を続けていた事件が、次々に無罪になった。こうした無罪判決で、いつも足りない点があった。被告の側にとって、無罪判決が下ったとはいえ、喜べないものがあった。

 それは裁判所や検察、警察側の謝罪であり、おわびである。無罪であっても、決定的に不足しているのはこの点である。ごく当り前のことなのだがこの点が理解されていない。裁く側と裁かれる側のスレ違いをこれほど端的にあらわしている点はない。責任が追及されない限り冤罪や誤判はなくならない。

 もし、無実の人が誤って捕われ、死刑判決が下るとする。そして、何度か再審を請求して、やっと無罪になる。裁判上は確かに死刑から無罪に一八〇度変ったとはいえ、被告にとって無実の身が無罪と認められたという現状回復でしかない。当り前のことが何十年もたって認められた時は、その人の人生も家庭も経済基盤も名誉もあらゆることがメチャメチャに破壊され尽くした末である。こんな苛酷で、ひどい仕打ちがあろうか。「裁判は誤りでした。無罪です」という一片の判決文で片付けられる問題ではない。

 ところが、これまでの再審、誤判などでは謝罪はおろか、責任者の追及も不思議なことにまるでないのである。これでは、被告は踏んだりけったりの泣き寝入りだし、いつまでたっても冤罪や誤判はなくならない。責任が追及されないならば、真に反省するはずは
ないだろう。

 朝日、毎日、読売新聞など各紙の報道を読むと、どれも最大のスペースをさいてはいるものの、肝心の冤罪や誤判を引き起こした警察官、検事、裁判官の責任をきびしく追及したものは見当らなかった。
 ただ一つ毎日新聞の「新聞を読んで」の欄の村崎芙蓉子医師の一文がズバリとこの点を指摘していた。

 「私たち医師も『死』という取り返しのつかぬ事実の前で、誤診や医療ミスという問題では厳しくその責任が問われ、その処罰を受けている。では司法における誤審、誤判や裁判ミスの責任は今後一体だれがどのようなかたちで問われ、償いをつけるのだろうか。拷問による自白などというものは診断の基礎となる検査成績のねつ造と等しいもので、こんなことが〝近代国家なり″と誇っている我々の日本でまかり通っているなど到底信じられないのである。無実の人間に『自白は証拠の王』とばかり、裁判を誤審への一本道に何十年も引きずり込んだ直接の責任者が何の処罰も刑罰も受けぬというのは少々納得がいかぬ」 (7月18日付)

 もっともな発言である。生殺与奪の権力をふるう裁判官や検察官の誤ったメスは医師ほどにも責任を問われないとしたら、こんなおかしなことはあるまい。
 しかし、戦後、数多くの冤罪、誤判事件で被告が無罪になったとしても、その責任がきっちりと追及された事例はごく数えるほどしかない。

 逆に、無実を訴える被告に真剣にかかわった警察官、検察官、裁判官はどうだったであろうか。二俣事件での拷問を暴露した山崎兵八巡査が偽証罪で逮捕され、狂人扱いされ精神鑑定、が行われたことはよく知られている。検察官、裁判官でも同じである。