夏休みも残りわずかになってきて、いよいよ宿題を片付けなければと焦っている小中学生も多いのではないかと思います。そんななか、気になるニュースを見かけました。
8月18日の朝日新聞デジタルに夏休みの宿題の代行業者についての詳しい記事が掲載されていました。依頼の多くは、小学6年生または中学3年生ということです。つまり受験を控えている子どもたちが代行業者に夏休みの宿題をやってもらっているということです。1分1秒を惜しんで受験勉強をしている彼らにとって、学校の夏休みの宿題は、大きな負担に感じられるのでしょう。
私の時代だって、夏休みの宿題というのは大体7月31日の最終日に慌てて片付けるか、あるいは要領の良い子であれば、夏休みが始まったときにさっさと終わらせてしまうかでしたよね。いずれにしてもできるだけ効率よく労力をかけずに済ませてしまおうと言うのが大半の子どもたちの作法でした。大人たちもそれをしっていて、意地悪のように宿題を出していた。ある意味で茶番です。
だから、昔の子どもたちだって真面目に夏休みの宿題をやっていたわけでは全然ありませんよね。どうせいい加減にやるのならたいした教育的な効果も期待できないでしょうし、代行業者にお願いしてしまっても良いのではないかという理屈もわからなくはありません。
だけど、やっぱりちょっと引っかかります。
どうしても嫌いなこと、やりたくないことをお金で回避してしまう。問題をお金で解決してしまう。そんな姿勢を子どもに教えてしまうことになりかねません。
どうしても受験勉強が忙しくて、学校の夏休みの宿題に取り組む時間がないのなら、「この夏は受験勉強に全力を注ぎたいので、夏休みの宿題はやりません。」と堂々と宣言したほうがかっこいいと思います。先生に堂々とそうやって宣言できる子どもがいたら、私はむしろ拍手を送りたいです。
あるいは逆の見方もできます。
子どもの学校の夏の宿題を業者にやってもらうなんてよくないことだという事は誰だってわかっているはずです。それでもそういう業者を利用せざるを得ないほどに、子どもも親も追いつめられているとも考えられます。
夏休みの宿題の代行業者を利用する子どもや親が悪いと単純に考えるのではなく、そんなサービス業が必要とされる状況自体が、学校教育の歪みを表しているのかもしれません。
だったら、夏休みの宿題を減らしてしまうという判断もあっても良いのではないでしょうか。そもそも私が子どものころはそんなに夏休みの宿題が多かった記憶はありません。
自由研究や読書感想文、絵日記など、夏休みのあいだに学んだこと、感動したことを、クラスメイトにもぜひシェアしたいという希望者が、自分の好きな成果物を夏休み明けに先生に提出して、みんなの前で発表させてもらえばよいのではないでしょうか。心底楽しんで取り組んだ夏休みの学びの成果なら、クラスメイトへの刺激にもなるはずです。
自分の好きなことを好きな形で好きな方法で好きなペースで学べたら、学びはどんどん楽しくなります。普段の45分間の授業の中ではなかなかそれはできません。夏休みになったら普段の授業ではなかなかできない自分の学びをはやく始めたくてうずうずしてしまうような子どもを育てることを、普段の授業の目的にしたらいいのではないでしょうか。
とはいえ、今年の夏休みはもうすぐ終わりです。まだ宿題をやってない子どもたちは、形だけでもなんとか間に合わせるのか、まったくやらずに「やりませんでした!」って堂々と言うのか、先生やクラスメイトのみんなを思わず笑顔にしてしまう「やらなかった理由」を考えるのか、いずれかの方法でこの夏を乗り切ってください。
※2025年8月21日のFMラジオJFN系列「OH! HAPPY MORNING」でお話しした内容です。
