海城という学校の魅力

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『中学受験 注目国の素顔 海城中学高等学校』(ダイヤモンド社)が発売になりました。


ある程度の年齢以上の人にとっては海城というとスパルタなイメージがあるかもしれませんが、創立100周年を境に1992年以降学校改革を推進し、今では「リベラルでフェアーな精神をもった新しい紳士の育成」を掲げる学校になっています。

著者として、この本の中で気に入っているフレーズをいくつか紹介します。
以下、抜粋。


目の前に未知なる世界が広がっているとき、そこに一歩を踏み出せるか否かは、自分自身が心を開くか否かの違いでしかない。未知なる世界を前にすれば、誰だって恐怖や不安を感じる。しかしそれに打ち勝ち、心を開き、一歩を踏み出したとき、自分自身が開かれていく感覚を覚えるはずだというのだ。


「こういうときにはこういう声をかけてあげましょう」「こういうときには多数決で決めましょう」などと、最初から仕切りや段取りやルールを決めておけば、それに従うことはできる。特に海城のように優秀な生徒が集まる学校では、規律を守らせることは簡単だ。
しかしそれでは、正解の存在しない無秩序な世界を生きてはいけない。仕切り役も、あらかじめ決められた段取りも、ルールも何もないグループの中で、各々が自ら役割を見つけ、意思疎通を図り、合意形成に至るプロセスを経験する。それがPAの趣旨である。
たとえば3・11の震災を思い出してほしい。普段頼っていた秩序が役立たなくなったとき、「誰もが初めて」の状況になったとき、混乱の中で、知らない人同士が助け合わなければいけなかった。仕切り役もいない。ルールもない。それぞれに価値観も違う。そういうときに必要になる高度なコミュニケーション能力やコラボレーション能力をPAでは鍛えることができる。いわば「無秩序の中に秩序を創出する力」である。
初めて出会う、前提を共有しない人たちとの間でも、民主的に合意形成を成し遂げられるようになる。中高生だけにやらせておくのはもったいない。この国では国会議員もPAを受けるべきではないかと、私は本気で思った。
※PA=海城が採用しているプロジェクト・アドベンチャーという教育プログラム。


今、自分の胸の中にあるものを、どうやったら観客側まで届けることができるだろうか。それを一生懸命考えれば方法はいくつでも見つかる。大きな声を出すことも1つ。観客一人ひとりの目を見ながら話すのも1つ。文脈を理解しやすいような補足情報を提供するのも一つ。ちょっとウケを狙ってみるのも一つの方法だ。その発想は、学者が論文を発表したり、企業で新商品をプレゼンテーションしたりするときにもそのまま使える。小手先のプレゼンテーションテクニックやパワーポイントに頼らなくていい。
「『三人寄れば文殊の知恵』と言いますが、同じ価値観をもつ人が3人集まっても新しい知恵は生まれません。違う価値観をもっている人が3人集まるからこそ新しいアイディアが生まれるのです。もちろんそれは大変なことで、価値観が同じほうが話をまとめるには楽ですが、これからの社会においては多様性を活かす力が大切になってくるはずです。そのような術をPAやDEの中で彼らは少しずつ学んでいくのだと思います」
社会も同じだ。同質な者ばかりが付和雷同する社会は脆い。衝突や葛藤を経験しながらも、最終的には異質な者を取り込んでいく社会こそが発展する。異質な者が出会うときのストレスに柔軟に対応し、異質な者と協働できる素質をもった人物を、海城は育てようとしているのだ。
現代の日本社会は、ともすると自分とは異質な者を排除しようとする力が強く働く。インターネット上での議論はもちろんのこと、国家レベルでの議論にもその兆候が強く見られる。それがいじめや差別の温床になっていることは誰もが気づいていることだ。海城ではそれを断固として良しとしない。自分とは異質な者こそ、自分にとって価値あるパートナーであるという精神が息づいている。
※DE=海城が採用しているドラマ・エデュケーションという教育プログラム。

海城に限らず、トップクラスの大学合格実績を出している学校はどこも、もう数十年も前からアクティブ・ラーニング形式の授業を行っている。アクティブ・ラーニングという形式が、個々の教科における学びのモチベーションを高めるだけでなく、大学受験という課題に対しても、主体的に取り組む姿勢を育む効果があるのではないか。だからこそ海城も、学校改革によって受験至上主義を返上しても、大学合格実績は落ちるどころか向上したのではないか。受験に直結するような勉強ばかりするのではなく、「急がば回れ」ということだ。
「受験勉強」と「アクティブ・ラーニング」は、真逆の方向性の学習であると世間一般ではとらえられている節があるが、実際はそうではないのだ。このことは、海城だけでなくそのほか多くの名門校の教育を目の当たりにしてきた経験からもいえる。受験勉強も本来、アクティブ・ラーニングの延長線上にある。そういう受験勉強をしてきた子供は大学に入ってからも社会人になってからも伸びる。多くの教員がそう口をそろえる。
海城をはじめとする有名進学校でよく見られる、アクティブ・ラーニングと受験勉強の融合は、現在進行中の国家レベルでの教育改革議論を推し進めるうえでも、大きな示唆を与えてくれるのではないだろうか。


海城という学校を見ていて私がいちばん感心するのは、生徒たちの合意形成のスムーズさと、100%の準備はできていないけれどやってみようという心意気である。
彼らが何気なく踏襲している合意形成のプロセスは、まさに理想の民主主義の形である。
声の大きい者の意見が通る偽物の民主主義や多数決主義とは違う。彼らが社会の中心メンバーになるころには、日本も真の民主主義国家になれるかもしれない。そんな希望を抱きたくなる。
100%の準備ができていなくてもやってみようとする心意気は、まさにこれからのグローバル社会に必須な力だ。グローバル社会を生きるために必要なのは、周到な準備を行うことよりも、手元にあるありあわせのものを最大限に活用して最善を尽くす知恵と度胸である。海城の生徒の多くにはその素地が備わっていると私は感じる。