トヨタが配偶者手当を廃止し、子供分を4倍にするという。
http://digital.asahi.com/articles/ASH7653PPH76OIPE01Z.html

女性の就労意欲にネガティブな影響をおよぼすこともある配偶者手当はなくし、その代わりに子供がいることに対しての手当を厚くする。
この記事以上の情報は知らないけれど、方向性としてはいいんじゃないか。
昔こんな記事を書いたのを思い出した。引用する。

>>以下引用

マンモスを狩って生活していたような、原始時代です。

ある部族でマンモスを狩りに出かけました。

部族全体の存続をかけた大事業です。

ある、もう盛りを過ぎた子だくさんの男性は、豊富な経験からマンモスのいそうな場所をかぎ当てました。

同じく盛りを過ぎた子煩悩な男性は狩人たちから逃れようとするマンモスをうまく足止めしました。

チームワークでマンモスを追い詰めました。

そして最後、筋骨隆々で部族の若い女性からもモテモテの、今最高に脂ののっている独身男性が、勇敢にマンモス飛び乗り、最後の一撃を食らわし、巨大なマンモスは轟音を立てて地面に倒れました。

男たちは巨大なマンモスに祈りを捧げ、その場で解体し、家族の待つ村まで肉を担いで帰りました。

村には腹を空かせた女・子ども・老人が待っています。

さて、問題です。

村が栄えるためにはマンモスの肉を各家族にどんな風に配分するのがいいでしょうか。

1 一番の活躍をした若い男性にその「成果実力」に見合うだけの大量の肉を渡し、マンモスを足止めしたり、肉を解体したりしただけの地味な仕事しかしなかった男たちには少量の肉しか渡さない。

2 狩りでの功績に関係なく、家族の人数に従って肉を分配する。

子どもがたくさんいる家族には、堅くて美味しくはないけれど、食べ応えのあるおしりの肉を大量に渡す。老人のいる家庭には柔らかくて栄養価の高い内臓を渡す。ど派手な活躍をした若者には、美味しい肉を一人分渡す。ついでに“食べられないが、腐ることなく永遠に名誉の証しとなる”牙をそっくりそのまま渡す。若者はそれを名誉として独り身の家の前に飾る。

1の方法では、若者が食べきれないほどの肉を得て、それを目当てに集まる若い女性に子どもを産んでもらうくらいのことはできても、そのほかの子どもたちは育たず、村は滅んでしまいます。

2の方法なら、若者の名誉は保たれ、村全体としても繁栄することができそうです。若者は頼れるリーダーとなり、村人たちも彼を慕うでしょう。

日本もバブル後、成果実力主義を採用する会社が増えました。

成果をあげた者、実力のある者が、正当な「評価」を得ることは当然のことです。

しかし、その「評価」とは何なのでしょうか。

優れた成果実力に対して与えるべきものは何なのでしょうか。

「成果実力」に対する「評価」が、「得る肉の量=(お金)」になってしまったことが不幸の始まりではないかと思うのです。

「成果実力」に対する評価は、「名誉」であればいいはずです。

肉ではなくて牙でいいはずです。

それなのに、バブル時代に資本主義が行きすぎたことにより、物事の価値はすべて「お金=肉の量」に置き換えて測定されるようになりました。

結局、一部の派手な働きをしたものだけが肉を独り占めするような社会では、社会全体は滅んでしまいます。

単純に考えて、ある社会において、それが国という単位でも、部族という単位でも、家族という単位でも、「得るべき肉の量=生きる糧=お金」は、人の頭数だけ必要ですから。


<<以上。