人間の能力は劣化もするが向上もするので、「人間の総合力曲線」として考えてみると、「高齢者の抵抗」を試みましたが、実は、悔しいけれど、最期には劣化してしまうと考えざるを得ないような気もします。死を目前にして、すべての能力は限りなくゼロに近くなると、私の信頼する友人が言うからです。

確かに、死の瞬間、人間が一生かかって育んできた能力は、ゼロに還元してしまいます。このことは、生きとし生けるものの哀しい定めではありますが、いずれ私たちは、「無」に戻ることを覚悟しておかなければならないのでしょう。

 

けれども、それではあまりにも「生」が虚しいように思えます。人間には、死の瞬間に至るまで、成長し続ける能力はないのでしょうか?件(くだん)の友人は、「ない」と言い切りました。けれども、こうは考えられないでしょうか?

人間の尊厳や高貴さなどは、ひょっとすると能力という範疇(はんちゅう)を超えているかもしれませんが、「人間の総合力曲線」では、とてもウエイトの高い項目だと思います。そして、それこそ、死の瞬間まで、あるいは死して後(のち)に至るまで、高みに上るものではないでしょうか?

 

私のように、野卑で品格がなく、およそ尊厳や高貴などという言葉から遠い空間に生息しているものが、このようなことをいうと笑われるだけかもしれませんが、それだけに、「ないものねだり」の心境で、気高い魂に憧れるのです。ちょうど、真・善・美に憧れているのと同じように。

ですから私は、死に際には、少しだけでも崇高な世界に、今よりは近寄りたいと思っています。