娘盛りと死(3) | 物語作家 小説家 森田 享

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澪は、渓流沿いの草地を小走りに急いでいる。

遠くから見ると、鮮やかな緑の川原を、淡い黄色の衣を着て小さく跳ねるように歩いている澪は、夏空に舞う紋白蝶のようである。

澪は、自分が探していた人を見つけて立ち止まった。額の汗を手で拭ってから、大人の女がするように結った髪の乱れたのを直し、一番自信のある笑顔を作って、また歩き始める。

澪の歩いて行く先では、渓流が緩やかに湾曲している。その川幅が広くなっていて、流れが穏やかな水辺にある小さな断崖の上で、山里の五人の少年たちが遊んでいる。

断崖の頂きの岩の上では、澪と同じ十四歳の少年、三平が少し退屈そうに寝転がって、岩の淵に立っている年下の少年を見ながら、

「どうした、次郎? 早く飛べよ」

と促した。

 そう催促された少年は、断崖の上から、かなりの高さがある渓流の水面へ飛び込む決心が、まだ付かずに、もじもじと躊躇っている。

 その少年の様子に、じれったそうな三平は、

「次郎、おまえも、もう十歳に成ったんだろ? みんな十歳に成る前に、ここから川に飛び込めるように成ってるんだぞ」

と、さらに命令口調で言った。

「…………」

 側で見ている他の少年たちが、

「おらは九歳のときに初めて飛んだんぞ」

「おらなんか八歳の時に飛んだんだ」

「そうだ、十歳にも成ったら、こんなの簡単だ、見てろ!」

と、口々に喚いて、次から次へと断崖の上から渓流の水の中へ飛び込んでゆく。

 三平も、ようやく上半身を起こして、胡坐(あぐら)をかいて言った。

「さあ、次郎。やってみろよ。飛び込めないなら、そんな奴とは、もう一緒に遊んでやらないぞ。これからは、お前は、おれの弟とか妹と、村の中だけで遊んでいろ」

「そんなのやだよ」

 次郎は子供ながらに、緊張と屈辱とで涙目になっている。

 次郎へ侮辱するような視線を送っている三平の背後で、少し息を切らした澪が、岩の上に現われて、

「また、こんなところで子供たちと遊んでるのね」

と三平に声をかけた。

 突然に高く澄んだ女の子の可愛らしい声がしたので、三平は驚いて声のする方を振り向いた。そこには、少し頬を上気させて、汗ばんだ白い肌が、真夏の太陽に輝いて見える少女が立っている。三平には、強烈な陽射しよりも、澪の顔や体、その姿かたち自体の方が眩しく感じた。

三平は、なぜか澪を見ると、いつも居ても立っても居られないような心持ちがする。まして、澪の体が、自分の体に近づいて来たり、澪の顔が自分の顔を、まともに見ていたりしたら、全身が一気に熱くなって汗も噴き出すような妙な感じで、嬉しくて、そのままずっと、そうしていたいような、苦しくて、すぐにそこから逃げ出し、訳も無く走り周りたいような惑乱がある。

夏になってからは初めて澪に声を掛けられて、いま三平は弾かれた玉のように岩の上から飛び起きた。そして、澪の視線が自身に向けられていることで緊張して、体は自分のものであって自分のものでないような感覚があり、顔面が熱くなって、今度は次郎ではなく三平が涙目になっている。

 そんな三平の十四歳の少年にしては子供っぽい挙動を眺めながら、同い年の澪は、

「三平。あんたって、もう子供じゃないのに、家の手伝いもしないで、いつまでも子分を引き連れて、山や川で遊んでばかり」

と、まるで姉が弟を、たしなめるように言った。

「うるさいな。おれは大人に成ったら、村ではなくて山で狩人に成るから、今からこうして山での狩りの仕方を学んでるんだ」

 この三平の野望を聞いて、澪は本当に可笑しそうに、

「あはははっ」

と転がるような高く澄んだ笑い声を上げ、

「あんたって本当に、いつまで経っても子供みたいね」

と言って、こんどは三平に対して少し冷笑を向けた。

「なんだよ、澪。お前だってさ、村の畑や田んぼにいないで、こんな山の中で何してんだよ」

「あたしの家には、お兄ちゃんや、お姉ちゃんが沢山いるから、お父ちゃんが畑や田んぼでの働き手は足りてるって。それとね、」

と澪は、そこで言葉を切り、自分が最も可愛く見える表情をして、さらに、できるだけ大人の女のような艶めかしさが薫る体の動きをして魅せた。

三平が澪を見ているその眼の奥に、羨望の輝きが、みるみる増していくのを、澪は決して見逃さない。少年たちの自分に対するそんな瞳の輝きを見ると、いつも澪は体の奥の方が、じーんと熱くなって、全身に自信が満ち溢れてくるのだった。

 三平は、澪のそういう顔や体の動きを見ていると、自分の手や足の使い方さえ忘れてしまったかのように、どうしたらいいのか分からなくて、もどかしくなる。口惜しくて仕方ないけれど、その澪の黒く潤んだ瞳や、桜の花弁のような唇、白く細い手、丸味の増してきた体の形から眼が離せなくなる。

もちろん、三平は、まともに真正面から澪の姿を見ることはできない。澪に対して自分が心に抱いていることを見透かされるのではと思うと恥ずかしくて、子供みたいになってしまう。懸命に澪から眼を逸らしているように見せてはいるが、三平の体の全ての意識は完全に、澪の動き、声、そして澪が全身から放つ光のようなものに、しっかりと捉えられていて、澪から離れがたく、一瞬でも長く、そのまま澪の傍に留まって居たくなる。

 三平は、澪の愛くるしくて仕方ない視線に堪え切れなくなって、

「それと、なんだよ?」

と、二人の間の沈黙を破らないでは居られなかった。

 澪は、自分の瞳の輝きや、女らしいしぐさの一つだけで、すぐに三平の感心の全てが遊びから自分に移り変わったことで、いつも少年たちのそういう様子から感じる自己の魅力の素晴らしさ、美しく生まれたという満足感に再び浸ることができた。

そして、いつも少年たちに対して、そうするように、少し焦らし、もったいぶるように黙って相手を上目使いに見つめる。それでも、相手の少年は焦れて、関心を逸らせたりはせずに、もっと自分の美しさに心惹かれてくることが、澪は楽しくて仕方ないのだった。

―――こんなに上手くできる女の子は、この村で、きっと、あたし一人だけよ。

 澪は、もう掌に載せた玉を弄ぶような心待ちで三平を見ながら、

「それとね、お父ちゃんが、あたしは取り分けて姿、顔かたちが美しいから、畑仕事や田んぼで働いたりはしないで、綺麗にしていたら、そのうちに、もっと都に近い大きな村へ嫁にやるか、もしかしたら都の大きな屋敷へ働きに出してやるかもって」

「えっ、そんなの、ほんとの話しか?」

 三平は興味の無い素振りを見せようと懸命だが、その顔には、澪の一語一句を聞き洩らすまいという気持ちが、ありありと出てしまっている。

「ほんとの話よ。あたしは、次の春か、その次の春が来るまでには、この村を出るのよ。そして、たぶん、都へ行くんだわ」

「…………」

 澪は、三平が返す言葉も無く黙っているのを見ると、

―――こんな、まだ子供みたいな三平に、嫁入りや都の話なんかをしていても無駄ね。

と考えて、さっそく三平に話そうと心に決めていた本題を切り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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