娘盛りと死(2) | 物語作家 小説家 森田 享

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真夏の陽の光に、谷底の渓流は澄明な輝きを放っている。ちらちらと白い光を乱反射している清らかな水面に、浮き沈みしながら惟近の体が流れている。その死体のような武士の姿は、水中の岩の上を滑りながら、やや減速し、やがて、渓流の淀みの大きな岩に引っ掛かって止まった。

水辺に浮かんだ惟近の肉体に、小さな人影が近づいて来る。

その人影は、山里の十四歳の少女、澪(みお)。長い黒髪を頭の上で結っていて、麻布の粗野な着物だけを身にまとい、裸足で立っている。

夏空の下で、まさに今、可憐に花開こうとしている蕾のようなその少女は、清流の水よりも透明感に満ちていて、その肌は、中から光を放って輝いているかのように白く艶やかである。暑熱で上気して、ほんのり桃色に染まった頬や、汗の滲んだ額や首筋にも新鮮な色香が漂っている。そして、程良く肉付いて丸味を帯び始めた腰まわりや尻は、豊かな果実のように、ただ見ているだけでも美しい。しかし、男たちにとって、それは手に取って、いつまででも触れていたい、愛でていたいと思う夢の女体であるだろう。

澪は、黒く艶やかに潤んだ小鹿のような眼を瞠って、岩の上から水の中の武士を見下ろしている。

―――これが都の侍なのね……。

しばらく澪は茫然と、武士の顔や装束を見ていたが、やがて意を決し、渓流の冷たい水の中に入ってゆき、男の体に抱き付いた。

澪は、女としては普通の背丈にまで成長しているが、まだ若いので身体は、ほっそりしていて体重も軽く、水面に浮き沈みしている惟近の大柄な体を抱きかかえるのに苦労している。それでも澪は、腰まで冷たい水に浸かりながら、何とか一人で、大人の男の上半身を仰向けにし、水の中から男の体を、川辺の砂利の上まで引き上げた。

澪は、小ぢんまりとした顔に汗を浮かべながら、真剣な眼差しで武士の口や、胸板の動きを見ている。

―――やっぱり死んでしまったの?

澪は、恐るおそる白く細い手を伸ばして、武士の胸の辺りに触れてみた。男の心臓の微かな鼓動を掌に感じて、なぜだか澪は自身の胸の鼓動も強く速くなった気がした。そして体中が、ぽっと熱くなった。

真夏の直射日光に、澪の目じりや、細く通った鼻筋の玉のような汗が光っている。

また恐るおそる澪は、男の傍に跪き、彼女の可愛らしい横顔を、武士の唇に寄せてみた。耳元に男の吐息を感じられないし、渓流の音以外には何も聞こえない。澪は、男は呼吸をしていない、と思った。

―――だめよ。死んではだめ。

澪は慌てて、訳も分からずに手で、武士の頬や胸を叩いた。何の反応も無いので、さらに懸命になって、細い手を握り締め、男の広い胸板を、どんどんと叩き、さらに男の顔に平手打ちをし続ける。

男の瞼が、ぴくっと動いたかと思うと、武士は激しく咳き込んで息を吹き返した。顔を背けて水を吐き出している。

澪は驚き、少しだけ腰を浮かせて、ちょっと武士から離れた。そして、男が、もがき苦しそうに呼吸しながらも生命を取り戻し、うっすら目を開けたのを、少女は瞳を輝かせて見つめている。

やがて、朦朧とした意識の中で惟近は、必死に右の片肘を付いて上半身を起こそうとしたが、左の鎖骨に激痛を感じ、顔を歪めて再び仰向けに臥せってしまった。全身が濡れていることだけは何となく分かった。惟近が苦悶のままに薄眼を開けて傍らを見てみると、若い女が跪いて自分のことを見ている。惟近には、その現在の状況が全く理解できなかった。

澪は、武士が今すぐには死にそうではないが、自力では全く動けないほどに弱った状態である、と判断した。少女は恥ずかしそうに頬を少し紅く染めながらも、真剣な眼差しで若い男の顔を見て、

「このまま、ここで待ってて。動いてはだめよ」

と言い残して、素早く立って行ってしまった。

 意識が遠のきそうな惟近は、この若い女の高く澄んだ鈴の音のような声を聞いて、

―――村の娘……。いや、まだ少女か……。

と、自分の置かれている現実を把握するよりも、不思議と娘の存在について考えていた。

 惟近の視界には、岩陰の向こうに見えなくなってゆく娘の後姿が映っていたが、そのあとは、真夏の太陽の強烈な白い光線だけになり、やがて惟近は、いつの間にか、深い眠りに落ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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