自伝連作小説『少年時代(13)』 | 物語作家 小説家 森田 享

物語作家 小説家 森田 享

ネット上やAmazon、facebook等で、物語・小説を発表していきますので、 森田 享 小説 で検索して読んでみてください。また、ご意見・ご感想・ご依頼などが、もしありましたら、どしどしお寄せください。お待ち致しております。


テーマ:

 

 

 

 

 成田美穂からの年賀状は簡単なものだった。もっとも彼女は勉強が良くできる訳でも、作文や絵が得意な訳でもなかったから期待はしていなかった。だが、それは市販の、干支や何かが印刷されてある年賀葉書に、『今年も仲良くしてね』みたいなことが書いてあるだけの、おそらく彼女が女子の友達に送った年賀状と同じようなものだった。彼女が、いま一番好きな男子に送った年賀状とは、どう『ひいき目』に見ても思えないものだった。

――女友達のついでに、たまたま、そのとき隣の席に座っていた男子の一人に年賀状を出すことにしただけだったんだ。

 少年の私は落胆しながらも、冬休みの間中ずっと、その年賀状の短い『ありふれた』文句を、何度も何度も読み返していた。

 

 三学期の始業の日に、年賀状について成田美穂と、どんな会話をしたかということは、私の記憶にない。

 人間は、都合の悪いことは記憶から消し去ってしまうようなところがあるから困る。そして突然にまた、その記憶が微かに甦って来るような気がすることがあるから不思議だ。

 微かな記憶の糸を辿ってみると、その日、私は、あんなに気持ちを込めて、かなり恥ずかしくなるような、恋心の見え透いた年賀状を成田美穂に送ったことを心底、後悔していた。成田美穂の隣の席に着くことが恐ろしくて、本気で自分が椅子に座り誤るのではないか、とさえ思った。ぎこちない自分の動作を憎んだ。顔を上げる機会が掴めない。私は、彼女から、そっけない『ありきたり』な年賀状を受け取った気まずさを悟られぬように必死だったのだ。

「年賀状を出すの忘れてて、ぎりぎりに出したんだけど、ちゃんと届いた?」

と言う私の声は、気が付いたら自分にも聞こえていた感じだった。

「えっ、ぎりぎりに出したの? ちゃんと元旦の朝に届くように、早めに出してねって言ったでしょ」

その成田美穂の、お姉さんみたいに叱るような声。会うことのできなかった冬休みの間、どれほど恋しかったことか。私は彼女の顔を、まともには見られないけれど、その声は聞きたかった。もっと彼女と話しているという実感が欲しかった。

成田美穂は、輝くような笑顔で自然に続けて言った。

「でも、森田くんからの年賀状、ちゃんと元旦に届いてたよ。干支の絵が、すごく上手かったから、お父さんとお母さんにも見せて、弟も上手いって言ってたよ」

私は、この瞬間だけは、体が羞恥ではなく、嬉しさで微かに震え、言葉を失った。

「だけど、あたしの似顔絵? 上手いけど、可愛過ぎて、あたしには全然似てないし。年賀状なのに、あけましておめでとう、とかは書いてなくて、なんか変な、ラブソングの歌詞みたいなことが書いてあったから恥ずかしかった」

私は緊張で手や指が、じんじんと張って、顔も熱く、じわっと涙目になった。

「お父さんも読んで笑ってたし、弟にも笑われて、なんで、あんな好きとか変なこと書いたの?」

「えっ、好きなんて書いたっけ? 覚えてないな」

「覚えてないの? ラブレターみたいなことが、何行も書いてあったよ」

「ラブレター? あっ、そう恋文って言うんだよ。面白くなかった? 笑えるかな、と思ってさ」

「バカみたい、信じられない。あんなこと書いてあるから、ほんと恥ずかしくって」

「…………」

 たぶん、こんな感じだった。一方的な恋の告白は完全に失敗して、それで終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

森田 享さんをフォロー

ブログの更新情報が受け取れて、アクセスが簡単になります

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス