自伝連作小説『少年時代(8)』 | 物語作家 小説家 森田 享

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小学校五年生の夏休み前、校庭の一画にある小学校プールでの水泳授業の頃は、少年の私は、もっと子供だった。

授業前の休み時間、教室で男子たちは、お互いの下着や水着を無理矢理に脱がせ合ったり、裸になった相手が着てしまう前に、そいつの水着を教室の外の廊下の遠くの方まで投げてしまったり、そんなことをして、ふざけ合いながら着替えていた。男子同士で飽きてきたときには、蜂の巣に悪戯するように、女子の着替えている教室へ邪魔しに入ったりして遊んだ。女子たちは、まさに巣を攻撃された蜂のように、みんな大騒ぎして、侵略者である男子を撃退しようとしていたから、笑い転げた。水泳授業なのに、小学校プールでの生徒たちは、みんな、ただただ滅茶苦茶に泳いでいた。あまりちゃんと水泳の授業を受けて、泳ぎを練習していたとは思えない。それでも、やっぱり私が水泳を覚えたのは、小学校の授業中であると思うから、少年時代のこととは本当に不思議だ。

その頃、私の小学校では夏休みの間も、生徒たちへの小学校プール開放の日があって、水泳だけをするために学校へ行くときの、あの楽しさ。人生は、なぜあのまま、ずっと続くことがないのだろう。生徒たちに開放された真夏の小学校プール。あれが永遠の楽園ではなくて他に何と言えるだろうか。少年の私は、ただただ無我夢中になって水遊びをしていた。下手でも、ひたすらに泳いでいた。泳げなくて水が怖い、と泣いているような子の気持を、分かってあげようなんて思いは全然なかった。楽しそうに水の中に入っている子とは、男子でも女子でも誰かれ構わずに一緒に泳いだり戯れたりしていた。だいたい自由自在に泳げる私にとって、小学校のプールは、塩素やカルキなどの薬品臭い水ではあっても、夢の泉だった。

 

小学生の頃は、父や兄と市民プールへも、よく行った。小学四年生のときには、何度か、同級生の男子や女子と約束して集まって、小学生だけで、その市民プールへ泳ぎに行ったこともあった。

夏の放課後、私たち小学校四年生の少年少女は、それぞれ一度家へ帰ってから、また小学校の校門前に集合して、歩いて一時間くらいの市民プールへ向かった。仲間は、五人くらいの男子と、女子は三人くらいだったと思う。少年と少女たちだったから、幼児用プール、子供大人兼用プール、大人専用プールの全部を使って思いっきり遊び回っていた。なんか、そのときはまだ、男子も女子も関係ない感じで、水の中で戯れていられた。もちろん、少年の私も、まだ異性を、それほど意識してはいなかった。

けれども、同級生女子は、まだ子供であるのに、大人の女性のように男子とは別々の女子更衣室で着替えてから、少年たちの前に現れて、少女のその藍色のスクール水着の体が、なんか自分の体と全然違うのを、私たち少年は気づき初めていた。女子の水着の胸やお尻の丸みある柔らかそうなかたちや、女子の下腹部の股間のあたりが、男子と比べて平らで、ぺったんこなところが気になってきた。なんか最近は、女子に、男子と同じように乱暴に水を掛けたり無理やり水に潜らせたりすると、怒ったり泣いたりしそうだな、と思った。水中で女子の体を、くすぐったり掴んだりするのも、女子が本気で怒ったりせず、恥ずかしそうに、はにかんで照れたりしだしたので、

――あっ、もう、こんなことをしたらいけないのかな。

と、思うようになってきた。

泳いで、ふざけ合って飽きるまで遊んで、男子も女子も一緒に体が冷えるまで水の中にいたあと、市民プール内の一画にある暖房室で、みんなで体を寄せ合って温まったりした。その瞬間が、私が初めて女子の肌を意識したときだったかも知れない。ぴたっと体をくっ付けて座っている少女の濡れて冷たかった太腿が、私の太腿の肌と触れ合いながら乾き、熱を持ち初めていた。

そして、少年の私と肌を合わせて座っていた少女は、本当に純粋で無邪気な笑顔だけを残して暖房室を出て行くと、また男子とは別の、女子更衣室へと消えて行った。

男子も女子も、それぞれ水着から服に着替え終えたばかりで、濡れた髪のまま、市民プールの食堂に再び集合して、みんなでワカメやトウモロコシがのった醤油ラーメンを食べた。真夏の焼き付けるような太陽の直射熱で、どんどん融けてゆくアイスキャンディーで手が、べとべとになって笑い合いながら歩いた帰り道は、午後の陽射しが、まだ真上から降り注いでいるかのようだった。

自分自身の実際の記憶であるのに、今となっては、あれは、楽園の少年と少女ではなかったのか、とさえ思えてくる。

あんなに眩しくて、楽しみと笑いと甘さに飽きることなく、小突いたり、軽く体をぶつけ合ったり、その他の欲望など何もなくて、ただただ、くすぐったいような喜びだけに夢中になれた。あのような女子との甘酸っぱい交流が、なぜ、あのままずっと続かなかったのだろうか。

なぜだか、あの楽園の少女との淡い交際は、そのあと継続あるいは発展することもなく断絶してしまった。楽園の少女との出会いと別れも、少年が大人に成るために経なければならない通過儀礼の一つなのだろうか。人生で、あのような楽園の少女とは二度と再び出会うことはできない。一度別れてしまったからには、次に出会うとき、私は、もう少年ではなく、少女もまた、もう少女のままではないのだ。少年から男に成ってしまった私は、あれ以降、あのような少女ではなく、女と出会わなければならないのだ。

とにかく、小学校五年生になった私は、何となく自然に女子とは、ほとんど交流を持たなくなった。私は、ますます少年だけで集まって遊ぶようになり、野球やサッカーをしながら男子同士の仲間意識をより強く持ち、いわゆる少年の徒党時代に傾倒していったように思う。

 

けれども、小学校六年生の夏休み前の、ある初夏の日。体育の水泳授業が始まった頃。

私の隣には、藍色のスクール水着に着替えた成田美穂が立っていた。

私は、本当に長い眠りから突然に目覚めたかのように、今度は大人びた少女との不思議な出会いに、はっとして一気に少年から大人の男へ覚醒しそうだった。でも、そのときの私は、まだ確かに少年だった。その出会いに、何をどうしたいのか、どうすべきなのかも全く分からず、芽生え初めた恋心に、ただただ戸惑うばかりだった。

プールの水面に反射する真夏の陽の光が、きらきらと眩しくて仕方ない。その白い光の中で、また成田美穂の肌が、中から光を放っているかのように輝いて見えた。その甘美な姿には、男友達とは、まったく違う雰囲気があり、霞に包まれているように妖艶で近寄り難い感じがある。

その一方で、もし相手から私自身の姿が見えないとしたら、成田美穂と肌が触れ合うほどに近づき、はっきりと眼に、そのすべてを晒すように見てみたいという衝動で胸がざわめく。成田美穂を、まだ感じたことのない、息苦しいくらい甘い香りに包まれた、滑らかで柔らかい存在、と決めつけてしまっている自分がいた。

成田美穂の小ぢんまりとして可愛らしい顔。その顔の汗が、夏の煌めくような陽光に、きらきらと光を反射していて、この上なく澄明な潤いに見えた。上気して桜色に染まった右の頬にも浮かんだ笑窪。女子同士で溌剌と笑い合っているときの、その微笑みに揺れている小さな果実のような唇と、ちらりと見える白い歯の鮮やかな瑞々しさ。

健康的な首や背中の白い素肌にも、吹き出した汗が小さな鏡のように光を弾き、玉のように流れている。肩や脚は男子と違って、ごつごつ骨っぽくなく、なんか丸みのある体つきに見える。成田美穂を見ていて初めて、女の胸の膨らんでいるのや、肉厚な太腿を可愛いと感じた。小柄な細い胴と、幅が広く厚みがある腰回りやお尻を眼にしていると、頭の中が、ぼうっと熱くなるようだったのは、夏のせいだけではなかった。

でも、そのとき私の眼が、最も強く惹きつけられたのは、成田美穂が水泳帽の中に髪を納めようと、耳の後ろ辺りをいじりながら上げた、腕の『しぐさ』だった。そのときに覗いて見えた、腋の下の艶めかしさ。その腋の下に、うっすらと黒く煙るように見えた腋毛。

この少女に、生身の女性が息づいている。私の眼は、あの水色の下着を見たときよりも、大げさに言えば、稲光と雷鳴に激しく全身を揺さぶられたような衝撃を受けて、もっと惑乱した。真夏の太陽の下で一人、暗闇の中に時が止まっていた。

それでも、もちろん私が、その水泳授業の間、男の眼で成田美穂を肉欲の対象として見るようなことはなかった。その肉体に、なんで自分がそんなに胸の『ざわめき』を感じるのか。白く艶やかな肌や、丸みを帯びた腰つきとお尻、内腿、腋の下の残像が頭にこびり付いたように、いつまでも離れないのは、どうしてなのか。戸惑うばかりだった。

 

――訳が分からない。

自分や同級生の男子にも生え始めた、ただの体毛ではないか。でも、成田美穂に腋毛が生えているのを見たとき私は、発育が遅い同級生男子に、ようやく腋毛が生え初めたのを見た時と同じように茶化してはいけない、と感じた。

女子と、そんな風には、もう『ふざけたくはない』という少年とは別の、男子としての感情が湧いてきていた。成田美穂の腋毛は自分だけが見て、他の誰にも教えたくないし、見せたくなかった。それは、自慰をするときのような、自分一人だけの暗い秘密に似ていた。

成田美穂も、自分と同じ成長の過程にあって、女に成りつつあるのだという、はっきりとした証拠を、その胸に、お尻に太腿に、とりわけ下着と腋毛に見つけてしまった。どうしようかと動揺するだけで、何もできない。だいいち一体、何をどうしようというのか。

私は、その水泳授業中も、その後も、成田美穂の姿を、まともに見ることはなかっただろう。幸いまだ少年だから、見ないようにしようと決めれば、すぐに水泳に没頭できた。無邪気な男子生徒に、いつでも戻れた。そんな時期だった。

 しかし、私の眼に映る成田美穂の姿が、どんなにさりげなく爽やかなものであっても、すぐに艶めいた肉体の残像と重なって、心は平静を失う。胸が高鳴り、体の奥の脈動は抑え難くなる。あきらかに、成田美穂を想って自慰をしているという自分の暗い秘密の『後ろめたさ』を感じ、心は震えているのだ。あの微笑む顔は、髪をいじる『しぐさ』は女だ、と感じてしまった。もう後には戻れない。成田美穂という女が好きになっていた。

男友達は、みんな良い奴で、体を使って力いっぱい一緒に遊んだり、野球やサッカーをしたら面白いから好きだった。

でも、成田美穂は、もう何も意識せず乱暴なくらいに思いっきり一緒に遊んだりできないし、なんか二人だけになると、とても息苦しいような気がしたり、面白くはないけれど好きなのだ。幼い感じの小さな顔で、お姉さんのような口を利くところも、なんか丸みがあって柔らかそうに見える体や、綺麗な水色の下着や、髪に触れる『しぐさ』とか、腋毛が生えてきたようなところも全部、大好きで堪らなかった。

少年仲間の前では、成田美穂が大好きだという、そんな自分の気持ちを、ひたすらに隠して、胸の中にしまって、一人の時だけ成田美穂を想った。

そして当然、毎夜のように、成田美穂を心に想い浮かべて自分の肉体を相手に全力で、ぶつけるような思いで、湧き上がる性欲を手淫によって処理せねばならなかった。そうなると、例えば体育授業のバスケットボールで、真剣に汗を流している成田美穂の姿を、私は狂おしい思いで見つめるようになった。

私の家の犬小屋に鎖で繋がれている雄犬ジョンが、発情期の夜な夜なに、わおーん、わおーんと雌犬を求めて狂ったようにし続ける遠吠えに、私の心も共鳴し、その雄が異性を激しく欲する魂の叫びは、それまでとは違った感じで、切なさを持って響くようになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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