自伝連作小説『少年時代(7)』

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でも、そのあと、体育館から教室に戻って、私は成田美穂のことを強く意識してはいなかった。男友達と、ふざけ合うことに忙しかったのだ。

少年同士で遊ぶことが一番だった。なんか近頃、変なことをしていたり、妙な『しぐさ』を見せたり、目障りな言動をとる女子たちは後回し。男子だけで遊んでいて飽きたときや、余程つまらないと思ったときに、女子にも目を向けて、ちょっかいを出してみる、それくらいに考えていた。男子より圧倒的に力が弱いように見えてきた女の子たち。教師も、「女子には乱暴してはいけない」と言うし、女子たち自身も、もう以前のように男子と肉体的に対等な感じで叩いてきたり、ぶつかってきたり、体を使ってふざけ合ってくることは少なくなった。最近、女子と男子とは心や体の何かが、それぞれ変わってきている、と少年の私は感じていた。十二歳になって改めて女子と男子とは違うんだ、と気がついた。

 

――そういえば、自分の身体も、どんどん変わってきている。

たしか小学五年生の三学期が終わったあとの春休みに、私は精通して、ひどく驚いた。

少年仲間の横山の家に遊びに行っていた時のことだ。横山には、かなり年上のお姉さんがいた。美人ではなかったが、とても愛嬌があり、白くてふくよかな顔と、優しげに輝いている瞳を、私は可愛いと思っていた。そして何より、少し大柄の肉体や、腰まわりと大きなお尻の丸みのある姿に、少年の私は言いようのない感じで興味を惹き付けられていた。だから、たまにそのお姉さんと顔を合わせたときには、自分のそんな視線が感づかれるのではないかと、どぎまぎしていた。

その日、お姉さんは横山の家に居なかったが、ベランダに彼女の純白の下着が干してあった。みんなでテレビゲームをしていたとき、私は便所を借りる振りをして、一人だけでベランダへ出た。手摺に下腹部と太腿の辺りを支えにして、伸び上がるような姿勢で、上の方に干してある純白の下着に顔を埋めて匂いを嗅いでみた。匂いはもちろん、お姉さんの匂いであるはずがなく、ただの洗剤の匂いであったのだが、手摺に摩擦されていた性器への刺激もあって、私の興奮は人生初の絶頂に達したようだった。その性的興奮は、子供の施錠を解き放ち、思春期の扉をぶち破った。私は、ついに精通したのだった。頭の中には空白があり、訳が分からず、お腹を『こわした』ときのように、陰茎が『こわれた』と思った。下痢のように体の具合が悪くなった、と私は思ったのだ。

――とにかく、下着を換えなくちゃ。

ベランダから廊下に戻るとき、下半身が震えて、冷たい床を踏む足が浮いて滑りそうだった。手や、指の先まで脈動していて、ドアノブを掴むことさえ危うい。

突然、私は横山や他の仲間たちに、

「腹が痛いから帰る」

と言って、横山の家を出た。帰り道も焦った。

私の急変した様子に不信感を持ったようだった横山たちが、今頃、自分の噂をしているであろうことなど気にならなかった。とにかく、大変なことが起こったから一人になりたかった。一刻も早く家へ帰りたかったのだ。

自分の部屋で下着の中を見て、その白い粘液と独特の匂いから小便ではないことを確認し、お漏らしではなく、性器の異常であるという私の予想は、確信に変わった。

しかし、その後すぐに、テレビやラジオや雑誌、友達からの伝聞の情報によって、陰茎が『こわれた』のではなく、精通を迎えた、つまり人生で初めて射精をしたのだということを、私は理解した。

それからは早かった。射精のときの全身とくに下腹部のあたりの激しい快感に毎回毎回驚き、射精の中毒性があり拒むことが不可能な快楽に、一人で悩みつつも私は、どんどん手淫をするようになっていった。

 

手淫は、自分一人の暗い秘密で、自己嫌悪の元であった。それでも、自分に鋭く向けられ初めた心の眼を、今度は異性へ向けてみると、女子の中にも何か変化が起きているのが当然だ、と思った。

――だから、何か違って見えるんだ。

夜が明けて、白々と周りが見え始めてくるかのように、性が少しずつ分かってきた。

でも肝心の女性の核の部分に触れたことも、見たことさえも無いから釈然としなくて、不安なのか恐れなのか、性にずっと翻弄されたままだった。とにかく女子とは、今までと同じようにふざけ合うのは止めよう。手加減したり、女の子なんだと気を使うのは面倒だから、女子とは距離をとって、男子とだけ思いっきり遊ぶようにしよう、と思うようになった。

一度そう決めてしまえば、やっぱりまだ少年だから、すぐに艶めかしい少女の姿は頭から離れ、成田美穂のことも、また、ほとんど意識することはなくなった。ただ、小学校六年生の男子として、少年同士で楽しく遊んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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