自伝連作小説『少年時代(5)』

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これは、おそらく少年の私が、その頃の夜に見た夢である。

 

――私は水辺で足を止めた。水辺は、その夏、何度も足を運んだ瀬神ノ沼の水辺であるような気がするが、夢のことだから、何かもっと幻想的な、いつか訪れた湖の畔だったかも知れない。乳白色の朝靄の中に、同級生女子の成田美穂がいて、水浴びか何かをしている。たぶん彼女は裸なのだろうが、女の裸体の全てを見たことのない少年の私自身が、その裸を、ぼやかしているのか、乳房の形や下腹部の辺りとか、肝心なところがよく見えない。それでも私は、とにかく、その成田美穂の裸体の光景を食い入るように見ていた。すると、墨を溶かしたような暗い水面に、信じられないくらい巨大な魚影が映って、水が盛り上がって迫ってきた。私は当然、巨鯉の化け物だと思って絶叫した――

 

 

それから間もなく、瀬神ノ沼の巨鯉を探すという遊びに飽きてしまった私たち仲間は、空地に新しい秘密基地を造り、その中で少年同志、飽きることもなく毎日毎日、語り合っていた。話題は、ついに正体の知れなかった『鯉』の次に、やはり、謎の多い、まったく得体の知れない『恋』だった。

その頃の私たち少年というものは、自分の恋心を、決して知られてはならない秘密のように思ったものだ。自分が同級生女子の誰かを好きであることが、もしみんなに発覚したら、と考えるだけでも、恥ずかしさに体が、じーんと痺れた。

けれども、少年の通過儀礼である精通を迎え終わったこの十二歳くらいの頃から、自分の意中の相手を、みんなに仄めかしたい気持もあることに、少年の私は戸惑っていた。

佐藤卓也が唐突に私に言った。

「おまえ、成田美穂が好きなんだろ? 分かるぞ、ばればれだ」

 横山や他の少年たちも私を冷かし始めた。

「やっぱりおまえ、成田美穂が好きなんだな? やらしいな、おまえ」

でも、私は、もう男子たちに『ばれても』構わなくなっていたし、

「えっ、ほんとに成田さんのこと好きなの? 嘘だあ」

「好きなら、ちゃんと直接、言いなよ。あたしが、成田さんに言っといてあげようか?」

と女子たちからも冷やかされてみたいような気持もあった。そして恋の相手の女子に対しても、そろそろ私のこの気持ちに気づいて欲しいような心が動く。告白したくて仕方がなくなってきた。

――でも、どうやって告白するのか? もし相手に打ち明けたらどうなる?

その頃の私は、成田美穂のことを、毎日毎日ずっと想っていたのかも知れない。

その夏休みの前から、ずっと密かに好きだったのだ。ただ同級なだけで、まともに話したことすら無く、私は成田美穂のことを何も知ってはいなかった。その姿を眼で追ったり、彼女の笑顔や、一言二言だけ交わした言葉、彼女のしぐさが妙に心に引っ掛かり、頭から離れないことに、ただただ想い悩んでいた。

そこには実は、成田美穂自身は居なかったのかも知れない。ただ私という少年が、ある少女を追いかけていた。ただそれだけのことであったように思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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