25章~31章 | 寅月

寅月

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▼木村にとって力道山など「たかが関脇」であり、山口利夫も「たかが満州の虎」なのである。
495頁


▼朝日新聞大阪版 社会面【岐阜発】
木村選手談 力道山はゼスチュアの大きい選手で実力はなく、私と問題にならない。今度挑戦したのは力動山のショー的レスリングに対し私の真剣勝負で、プロ・レスに対する社会の批判を受けるつもりで挑戦した。
1954年昭和29年11月1日付 


▼森口と工藤はあくまでプロレスだと説明した。
木村の怒りはこれで急速に冷めていったのだろう。
森口から毎日新聞社側としての意向、興行側としての意向を聞かされ、それに納得したことは、ここから木村の言動が急に穏やかになることからわかる。

▼11月25日1時過ぎ 力道山への挑戦を公式発表 千代田ホテル


▼11月26日 新橋料亭 『花蝶』会談 念書
『確約 日本選士権に対する申し入れ、
第一回の日本選士権試合は引き分け試合とすること。一本目は君が取り、二本目は自分が取る。決勝の三本目は時間切れで無勝負とする。昭和二十九年十一月二十六日 右木村政彦   力道山君




愚地独歩
「崔やめろ!力動も同じ朝鮮人じゃないか!お前が怒ってどうするんだ!」
大山は五,六人に羽交い絞めにされながら絶叫した。「おい力動!俺がこの場で挑戦する!」 565頁


倍達(ペダル)の名は日本で言う大和(ヤマト)と同じく朝鮮民族そのものを指す言葉である。456頁






吉鷹弘「普通の相撲取りの張り手というのはインパクトの瞬間が早すぎるんですね。スピードが乗る前に当ててしまうんです。つまり相手にあたってから押し込むような感じになってしまうんです。
でも、力道山の張り手は最もスピードの乗った瞬間に相手に当たってます。
これは倒すための打撃技です。」
―中略
KOできる打撃技を身に着けた異能の力士であった。  577頁



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妻の体調が悪いのでお先に失礼させていただいてもいいでしょうか」この一言で西郷の木村を見る目が変った。     拓大理事長西郷高秀  609頁





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張本勲
「リキさん、やっぱり朝鮮の人だったんですか。だったらみんなに言ってくれればいいじゃないですか、俺は朝鮮人だって胸を張って」
力道山は激昂した。「おまえは昔の差別を知らないからそんなことが言えるんだ!」
637頁








□昭和50年代 地方都市 地下格闘技大会バーリトゥード 岩釣兼生優勝
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面白かった。

検索しても出てこない名前があった。
検索してる時 この本の弱点を示す記述も読んだ。

 清美川梅之の頁で 彼の息子が26歳の精神異常者に殺害される事件が記されてた。
1957年の事件