~村岡花子の半生を原案としたフィクション~
柳原家の質入れ品みたいに扱われた半生が祟ってるんだろうな
愛をうけて育っちゃ あの行動はとれまい。
安東はなも同じ
病弱だったり 馬鹿だったりが本人の責任じゃないように
不倫へ踏み込むのは 形作られる際に違う文化が沁みてのことなのでしょう。
物語の彩と見れないのは演出のせいかもしれないし 脚本のつくり方にあるのかもしれない。
劇中連呼される「パルピテーション」
言葉って背景があってのものだから、ああなると新造のオノマトペ 耳障り
安東はなという離れたがる個性と相まって疎ましく
個性
■個性々々と云って、ひとつの石ころが他の石ころと違う事を得意になっても、おまえさん方を大勢一緒に集めて見たら、ただの「砂利」ではないか 広津和郎『年月のあしおと』
広津和郎 小説家、文芸評論家、翻訳家
1891年12月5日 - 1968年9月21日
「個性的」と見られているのは 単に歪んで曲がった偏僻に過ぎないのではあるまいか
尾崎秀樹
『百言百話』
文芸評論家紫綬褒章
太鼓の音に足の合わぬものを咎めるな その人は別の太鼓に聞き入ってるのかもしれない
ソロー『森の生活』
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排除するんを自分の個性だなんて、小人に開きなおっちゃいけないざますね( ̄ー ̄;