而るに、流弊、またかくの如きに至る。(流弊:以前からの悪い習慣今、子、その父を弑し 臣、その君を弑して、而も過去の報に諉れば、則ち天下、得て治むべけんや
太子の志は、則ち仏教に在りて綱常(三綱五常)に在らず。
故に陰柔、制し易きの女主(推古帝)を立てて、倡えて宏濶勝大の言をなす。
その劫 遂に、仏法、王法と隆を比し、朝儀、仏事と並び行なるるに至る。
これ太子の志にして、馬子の欲する所なり。
その憲法十七条を制するや、聖経・賢伝を剽窃して、経世 治民の術に近し。然れども篤く三法を敬う(第2条)を以て宗となすは、その立言の旨、また見るべし。
栗山 潜鋒や三宅 観瀾に書かせるつもりだった論賛の執筆を安積 澹泊が
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聖徳太子、あえなく死んだ人って思ってたし 今に続く文化の人と思ってたから悪口って意外でした。
権力闘争とか殺害って遠い世界だから 悪感情を持たないのも書き様次第なんですね
でもまぁ
朱子学とか儒教・天っていう概念の発生が牧畜と接する文化の型、魚食で摂る日本では、入れても変形するしかないのでしょう。 信奉しうるんは 例外者だけなんでないかしら
~広まってない現状を思うに