監督 脚本ジェシカ・ハウスナー 撮影監督 マルティン ゲシュラハト
出演
多発性硬化症を患うクリスティーヌ :シルヴィー・テステュー
病をおしてボランティアに勤しむセシル : エリナ・レーヴェンソン
日常生活に退屈を憶えてのボランティアMaria レア・セドゥー
ボランティア Kuno:ブリュノ・トデスキーニ
車椅子の少女アンナ・フルビ
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クリスティーヌは、首から上しか動かないが
怒りを露わにせず笑って過ごす。
聖地巡礼も文化遺産の見学と割り切っている。
クーノに『ローマの方がルルドより良い』などと言う。
理知を誇示する虚勢だったのかも
髪型やイヤリングなどおしゃれに気を使うクリスティーヌとは対照的なアンナ
ルルドには母と何度も訪れている。
光明を見いだせず怒りに顔を歪めていたのだが・・
告解と水浴を経た祭壇の前で何かが起こった。涼しく微笑むアンナ
首もまっすぐに立っている。
娘の晴れやかな笑顔をみて母は胸を震わせて喜んだ。
”奇跡”が・・
*
夕食後
パーティの飾りつけをしていたセシルが倒れた。
翌朝
クリスティーヌは躰の自由を得ていた。
黒髭】 多発性硬化症には強化と寛解の段階がある。
白髭】波のある病気だ。
黒髭】病状からすると あくまで一時的なものかと
長くは続かない。
若い医師は無情を口にしたが
老医師は身体を再適応させるべく注意を与え、
滅多にない事だと励ました。
クリステーヌは ツアーの健常者たちとジュール山に登り 夜にはダンスも踊る。
クリスティーの信仰心と奇跡とが結びつかないと考える人が多かった。
end
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奇跡の起こる前後
夕食後の語らいで
涎を垂らし俯くクリスティーヌを母親(?)が見つける。
介護してる筈のマリアは気づかなかった。
死にかけてるのかと思ったが 失禁していただけだった。
マリアに代わりセシルがクリスティーンを清めた。
翌朝
クリスティーンは 夢に聖母を見たと言う。
クリスティーン】不思議な夢を見た 全身麻痺のあたしの前に聖母マリアが現われたの
私に向かって何か言うんだけどよく分からない。
思わず立ち上がりマリア様に近づいた
すると気づいたの 麻痺が消えてる
セシル】気持はわかるわ でも運命は謙虚に受け入れなくては
あなたの苦しみには深い意味がある。
そんなふうに諭したセシルだったが
数日後
セシル】昨夜あなたの夢を見たわ
聖母マリアがあなたに話しかけてた
クリスティーン】なんて
セシル】さぁ 立って歩きなさい
a) クりースティーンが、涎を垂らして俯いていたのはなんだったんだろう?
b)聖母マリアの夢に意味があったんだろうか?
b')言葉が通じる事と奇跡が起こる事とに関連があるんだろうか?
◆
怒り嘆くクリスティーンに 告解師は言う
普通とは?あなたにはあなたの
人には人の人生がある。
神は多様な世界を創造した。
どの人生も異なるそれでいて等しい
歩ける人は貴方より無条件に仕合わせだと?
告解師は普通であるから"普通”を解っていないらしい。
クリスティーンが我が身に起こることの意味を摑めないのと同質かもしれん。
同じツアーの小母さんたちは、
自分に奇跡が起こらないのが不満であるらしい。
「デザートでるかしら」と言った。
どの人生も食事をとっているようなもので
別の何かを求めるのは デザートを欲するようなものかも
(ノ゚ο゚)ノ
クリスティーヌの母親らしい人が、
一番祈ってるように見えました。
神父には時間外があるようだったけど、彼女は途切れることなく祈ってるふうだった。
アンナの回復は一時的なものだったらしい。
セシルが倒れた時には戻っていた。
