「軍部ファシズム」というものがあるとしたら、それを支えてるのは彼らであったろう。
だがその実体は、一言でいえば「ものまねファシスト」であった。
彼らはナチス・ドイツの軍部に傾倒し、絶対的に信頼し、賛美していた。
そして服装もナチ型であった。
元来は平凡な丸い軍帽を、高々と前を上に曲げて、まびさしを短かく急傾斜にし、乗馬ズボンの膝横をひどく広げ、ピタリと足に合った乗馬用長靴をはいていた。
いわばナチ・モードで、
そのムードに自ら酔っていたわけだが、
ナチズムへの知識は、ナチの宣伝用演出写真とそれへの解説以上には出ず、またドイツ国防軍の総兵力・編成・装備・戦略・戦術に関する専門的具体的知識は持ってなかった。
そしてまた驕慢であり、その驕慢さはパリ・モード模倣者の驕慢に似ていた。
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大学出のエリートも 会社に入ったら一旦は 下積みらしき部署に配されるのが一般社会であった。
1931年東京帝国大学法学部を卒業し、住友合資会社に入社する日向方斎氏は、
入社早々社内の新聞配達をやらされてくさったときくが、これらは『私の履歴書』によく現われる体験である。
だが軍隊にはこれはなかった。
少尉に任官すれば、新聞配達どころか、逆に当番兵がつき、身のまわりの世話はすべてやってくれて、殿様のようになってしまう。
演習から帰った将校が将校室の机に腰を掛け、足を椅子の背に乗せ、顎をしゃくって「おい当番」と言えば、乗馬長靴を脱がしてくれる。
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一下級将校の見た帝国陸軍 山本七平
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ありそう。
勝った方が賢いと言うより、負ける方がより馬鹿って感じ
人の善し悪しとは別次元だけど、やっぱり・・
多分 今も土壌は変わってない。