七年 冬十二月一日
新室で讌をした。天皇は自分で琴をひいた。皇后が立って舞った。
舞が終わっても礼言を云わなかった。
宴会で舞う者は舞い終わると、すぐに自分で座長に対し、「娘子を奉る」というのが、当時の風俗であった。
で、天皇は皇后に話しかけ、『なぜ常の礼を失したのか」と言った。
皇后はおそれいり、ふたたび立って舞った。
舞い終えて「娘子を奉る」と言った
天皇はすぐさま皇后に問うて、「奉る娘子は誰か。姓名を知りたいな」といった。
皇后はやむをえず奏して、「妾の妹で、名は弟姫です」といった。
オトヒメは、容姿が絶妙でくらべるものがなかった。
その艶色は衣を通して輝いた。
そこで時の人は衣通郎姫とよんだ。
天皇の気持ちはソトオシイラツメにあった。
だから皇后に強いてすすめさせたのだし、皇后はその事を知っていてたやすく礼言を言わなかったのである。
日本書記 巻第十三 おあさずまわくごのすくね雄朝津間稚子宿禰天皇(允恭)
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記憶にある衣通郎姫の話と違ったので、
唯一人の美人じゃなくて、一定基準を満たし衣通郎姫と呼ばれうる美人が何人もいるのかと考えました。
違うらしい。
ん 違わないのかな?
言葉を慣例から引き剥がして用いるのは、間違いだろうけど言いたい。
絶世の美人といえど「その艶色は衣を通して輝いた。」って言うのは或る一定期間の事でしょう。
小野小町も、卒塔婆小町になるやから
一月や 一日 一時間や 一秒の人も『そとおしのいらつめ 』と呼びたい。
衣通郎姫 そとおしのいらつめ 名を付けることで貴重が認識されますよ。
美しい瞬間は貴重なんだから
「アイドルじゃないんだから・・・」「ナルシストっぽく見えるから・・・」などと云わず
積極的に写真に撮って掲載して欲しいです。
そうするべきでしょう。
お菓子の写真も楽しいんですけどね
(ノ´▽`)ノ ⌒やった!