今年の皐月賞は抜けた馬がおらず、群雄割拠の様相を呈している(@_@)
カブラヤオー以降の勝ち馬は、下記のとおり。
1975年 カブラヤオー(東)
1番人気(4枠10番)
騎手 菅原泰夫(東)
2着 ロングホーク(西)
2番人気(1枠1番)
騎手 武邦彦(西)
3着 エリモジョージ(西)
9番人気(6枠14番)
騎手 福永洋一(西)
この年、菅原泰夫騎手(現調教師)はテスコガビーで桜花賞とオークス、カブラヤオーで皐月賞とダービーを勝ち、クラシック5冠の内の4冠を一気に手にした(@_@)
翌年、春の天皇賞をまったくの人気薄で勝った気まぐれジョージことエリモジョージは、その気まぐれぶりを皐月賞で最初に見せたのだった(^^;;
1976年 トウショウボーイ(東)
2番人気(3枠5番)
騎手 池上昌弘(東)
2着 テンポイント(西)
1番人気(7枠12番)
騎手 鹿戸明(西)
3着 トウカンタケシバ(東)
11番人気(2枠2番)
騎手 中野栄治(東)
トウショウボーイとテンポイントの直接対決第1段は、トウショウボーイに軍配が上がった。
この頃、グリーングラスはまだクラシックに出走するほど出世していなかった。
1977年 ハードバージ(西)
8番人気(2枠3番)
騎手 福永洋一(西)
2着 ラッキールーラ(東)
4番人気(2枠4番)
騎手 伊藤正徳(東)
3着 アローバンガード(東)
13番人気(7枠16番)
騎手 柴田政人(東)
1番人気(6枠14番)
ヒシスピード(東)7着
騎手 小島太(東)
伊藤正徳騎手(現調教師)が、「洋一の馬が、埒の上を走って来た(@_@)」と表現したように、内をスルスルと抜けて来たハードバージがゴール前でラッキールーラを捕らえ、福永洋一騎手はインターグロリアでの桜花賞制覇に続いて皐月賞を制した。
2着のラッキールーラがこの年のダービー馬となるが、史上最外の7枠24番でのダービー制覇を成し遂げる。
1978年 ファンタスト(東)
3番人気(3枠3番)
騎手 柴田政人(東)
2着 インターグシケン(西)
5番人気(6枠9番)
騎手 武邦彦(西)
3着 サクラショウリ(東)
2番人気(4枠6番)
騎手 小島太(東)
1番人気(6枠10番)
タケデン(東)9着
騎手 岡部幸雄(東)
皐月賞を勝ったファンタストはダービーに出走して敗れ、その後間もなく病死してしまったT_T
後に、ファンタストは悲運の名馬として語り継がれることになったT_T
2着のインターグシケンは後に菊花賞を、3着のサクラショウリは後にダービーと宝塚記念を勝った。
1979年 ビンゴガルー(東)
3番人気(2枠3番)
騎手 小島太(東)
2着 カツラノハイセイコ(西)
5番人気(3枠5番)
騎手 松本善登(西)
3着 ネーハイジェット(西)
4番人気(4枠6番)
騎手 岩元市三(西)
1番人気(6枠10番)
リキアイオー(東)4着
騎手 星野信幸(東)
前年、サクラショウリでダービーを制した小島太騎手(現調教師)と久保田彦之調教師が、この年ビンゴガルーで皐月賞を制した。
皐月賞2着のカツラノハイセイコが、この年のダービー馬となる。
松本善登騎手はカツラノハイセイコでのダービー制覇後、ガンのため亡くなったT_T
1980年 ハワイアンイメージ(東)
4番人気(5枠10番)
騎手 増沢末夫(東)
2着 オペックホース(西)
3番人気(6枠11番)
騎手 郷原洋行(東)
3着 ハワイアンジュエル(東)
13番人気(3枠5番)
騎手 石神富士雄(東)
1番人気(3枠6番)
トウショウゴッド(東)競走中止
騎手 中島啓之(東)
1番人気に推されたトウショウゴッドが謎の競走中止となり、中山競馬場は大騒ぎとなった(@_@)
トウショウゴッドは、古馬になってからも謎の競走中止を、もう1回やるのだ(@_@)
2着のオペックホースが、この年のダービー馬となる。
ちなみに、ハワイアンジュエルに騎乗した石神富士雄騎手は、平地、障害両方に騎乗している現役騎手石神深一の父である。
1981年 カツトップエース(東)
16番人気(1枠1番)
騎手 大崎昭一(東)
2着 ロングミラー(西)
11番人気(4枠8番)
騎手 松田幸春(西)
3着 ステイード(東)
2番人気(8枠16番)
騎手 中野渡清一(東)
1番人気(8枠17番)
トドロキヒホウ(東)8着
騎手 郷原洋行(東)
この年は、スプリングステークスを勝って1番人気が予想された8枠18番のサンエイソロン(東)が出走取消になった時点ですでに波乱の目があったのだが、実際にまったくの人気薄カツトップエースが逃げ切り勝ちし、大波乱となった(@_@)
ダービーではそのサンエイソロンが1番人気に推され、カツトップエースの皐月賞逃げ切り勝ちはフロック視されて3番人気止まりで、2着のロングミラーが2番人気に推されたが、カツトップエースがダービーも逃げ切り勝ちして二冠馬となり、サンエイソロンはハナ差に泣いた。
2番人気に推されたロングミラーは、ダービーでは12着に惨敗した。
1982年 アズマハンター(東)
3番人気(1枠2番)
騎手 中島啓之(東)
2着 ワカテンザン(西)
4番人気(7枠16番)
騎手 小谷内秀夫(西)
3着 アサカシルバー(東)
6番人気(6枠15番)
騎手 岡部幸雄(東)
1番人気(6枠13番)
ハギノカムイオー(西)16着
騎手 伊藤清章(西)
華麗なる一族と呼ばれ、母にイットー、姉に桜花賞馬ハギノトップレディを持ち、当時1億円を超える超がつく破格の高額で取引された良血馬ハギノカムイオーが1番人気に支持されたが、8枠21番スタートのゲイルスポート(加賀武見騎手)に執拗に絡まれて、2頭ともゴール前でバタバタになって馬群に沈み、その間隙を縫ったアズマハンターが戴冠した。
この年、このハギノカムイオーと、後にも馬に絡む事件に何度も登場する田原成貴騎手が絡んだサルノキング事件が、前哨戦のスプリングステークスで起きたのだった(@_@)
1983年 ミスターシービー(東)
1番人気(5枠12番単枠指定)
騎手 吉永正人(東)
2着 メジロモンスニー(西)
5番人気(8枠21番)
騎手 清水英次(西)
3着 インターリニアル(東)
20番人気(7枠17番)
騎手 東信二(東)
シンザン以来、19年ぶりの三冠馬となったミスターシービー。
その破天荒なレースぶりが、競馬ファンを魅了した^_^
皐月賞、ダービーでシービーの好敵手となったメジロモンスニー。
ミスターシービーが皐月賞、ダービー共に真ん中5枠12番(単枠指定)の好枠を引いたのに対し、メジロモンスニーは皐月賞では最外の8枠21番、ダービーでは最内の1枠1番を引いてしまい、清水英次騎手はクジ運の悪さを嘆いたのだった(@_@)
1984年 シンボリルドルフ(東)
1番人気(5枠10番単枠指定)
騎手 岡部幸雄(東)
2着 ビゼンニシキ(東)
2番人気(2枠3番)
騎手 蛯沢誠治(東)
3着 オンワードカルメン(東)
11番人気(8枠18番)
騎手 中野栄治(東)
史上初の無敗の三冠馬となった、皇帝シンボリルドルフ。
この皐月賞で、ビゼンニシキ事件が起こった(@_@)
皇帝は弥生賞から皐月賞へ、ビゼンニシキはスプリングステークスから皐月賞へ駒を進めたが、皇帝、ビゼンニシキ共に岡部騎手が乗っていた。
岡部騎手は皇帝を選択したのだったが、これに対してビゼンニシキを管理していた成宮明光調教師が岡部騎手を「恩知らず」と非難した。
これが、ビゼンニシキ事件だ(@_@)
実は、岡部騎手が初めてクラシックレースを勝ったのが、1971年のカネヒムロでのオークスだったが、そのカネヒムロを管理していたのが成宮調教師だったのだ。
ビゼンニシキには皐月賞から成宮調教師の弟子蛯沢誠治騎手が騎乗し、岡部騎手は以後成宮調教師が管理した馬に一度も乗ることがなかった(@_@)
ビゼンニシキは皐月賞では2着に入ったがダービーで14着と惨敗し、岡部騎手の馬のジャッジは正しかったのだった(@_@)
1985年 ミホシンザン(東)
1番人気(5枠13番)
騎手 柴田政人(東)
2着 スクラムダイナ(東)
4番人気(4枠9番)
騎手 岡部幸雄(東)
3着 サクラサニーオー(東)
2番人気(3枠5番)
騎手 小島太(東)
シンザンの仔ミホシンザンが皐月賞を勝ち、1981年の菊花賞馬ミナガワマンナ以来となる、シンザン産駒のクラシックホースが誕生した^_^
しかし、ミホシンザンはダービーへ向けた調教中に骨折し、ダービーには出走出来なかった。
当時は菊花賞トライアルだった京都新聞杯を叩いて菊花賞を勝ち、ミホシンザンは二冠馬となった。
皐月賞馬ミホシンザン不在で行われたこの年のダービーで、そのダービーを勝ったシリウスシンボリにまつわる事件が起こったが、これについてはダービーを語る時に詳述する(@_@)
1986年 ダイナコスモス(東)
5番人気(8枠19番)
騎手 岡部幸雄(東)
2着 フレッシュボイス(西)
4番人気(6枠13番)
騎手 田原成貴(西)
3着 アサヒエンペラー(東)
3番人気(1枠2番)
騎手 中舘英二(東)
1番人気(4枠9番)
ダイシンフブキ(東)7着
騎手 菅原泰夫(東)
東京競馬場で皐月賞が行われた1988年を除き、3回続けて8枠19番の馬が連絡みする。
この年の皐月賞で1番人気に推されたダイシンフブキは、弥生賞まで無敗で皐月賞に臨んだが7着に敗れた。
弥生賞まで無敗で来ながら、皐月賞を勝てなかった馬は、ダイシンフブキ以降はロジユニヴァースまで出なかった(@_@)
弥生賞まで無敗で来た馬には、近30年少々ではダイシンフブキとロジユニヴァース以外には皇帝シンボリルドルフ、アグネスタキオン、ディープインパクトがおり、皇帝、タキオン、ディープは無敗の皐月賞馬となった。
皇帝とディープは無敗の三冠馬となったし、タキオンは脚を痛めていなければ、無敗のダービー馬となっていたかも知れない。
今年、サトノクラウンが無敗で弥生賞まで来たが、サトノクラウンはシンボリルドルフ、ディープインパクト、アグネスタキオン級の馬には到底見えず、ダイシンフブキやロジユニヴァースの姿ばかりがダブるのだが(@_@)
馬のいいとこ取りが出来る数少ない騎手の1人、福永に振られたのが気になる(@_@)
また、この皐月賞で2着馬に6馬身離された3着だったアサヒエンペラーに騎乗した中舘英二騎手(現調教師)の騎乗法について、当時競馬の神様と呼ばれていた大川慶次郎さんが苦言を呈した、アサヒエンペラー事件が起こったのだった(@_@)
1987年 サクラスターオー(東)
2番人気(3枠6番)
騎手 東信二(東)
2着 ゴールドシチー(西)
11番人気(8枠19番)
騎手 本田優(西)
3着 マティリアル(東)
1番人気(1枠1番)
騎手 岡部幸雄(東)
アイドルホースだったマティリアルが敗れ、勝ったサクラスターオーの強さばかりが目立った^_^
しかし、サクラスターオーはその後軽度の骨折が判明してダービーには出走出来ず、皐月賞からぶっつけで臨んだ菊花賞を勝って二冠馬となったが、有馬記念で重度の骨折を発症し、死んでしまったT_T
1988年 ヤエノムテキ(西)
9番人気(1枠1番)
騎手 西浦勝一(西)
2着 ディクターランド(西)
14番人気(8枠16番)
騎手 菅谷正己(西)
3着 サクラチヨノオー(東)
2番人気(1枠2番)
騎手 小島太(東)
1番人気(4枠7番)
モガミナイン(東)6着
騎手 安田富男(東)
この年の皐月賞は中山競馬場の工事のため東京競馬場で開催されたが、重賞未勝利の人気薄ヤエノムテキが勝ち、函館3歳ステークス(当時)でサッカーボーイを破りながら、その後の成績が冴えずに人気を落としていたディクターランドが2着に入り、ダービー一本に絞っていた関西陣営が苦虫を潰したのだった(@_@)
アイドルホースのサッカーボーイは、体調不良のため皐月賞への出走を回避したのだった(@_@)
1989年 ドクタースパート(東)
3番人気(8枠19番)
騎手 的場均(東)
2着 ウイナーズサークル(東)
7番人気(5枠11番)
騎手 郷原洋行(東)
3着 アンシストリー(東)
2番人気(7枠15番)
騎手 岡部幸雄(東)
1番人気(1枠1番単枠指定)
サクラホクトオー(東)19着
騎手 小島太(東)
馬連馬券導入により、今はない単枠指定。
ビッグレースで単枠指定された馬の中で、唯一シンガリ負けを喫したのが、この年の皐月賞でのサクラホクトオーだったT_T
弥生賞でもひどい道悪に泣かされて単枠指定されながら12着に惨敗したが、何と皐月賞でも弥生賞同様ひどい道悪に泣かされ、ブービーの馬からかなり遅れてシンガリで入線したサクラホクトオーは、とにかくかわいそうだったT_T
1990年 ハクタイセイ(西)
3番人気(7枠15番)
騎手 南井克巳(西)
2着 アイネスフウジン(東)
1番人気(1枠2番)
騎手 中野栄治(東)
3着 メジロライアン(東)
2番人気(7枠13番)
騎手 横山典弘(東)
弥生賞で道悪に泣かされたアイネスフウジンは、皐月賞では待望の良馬場となり、1番人気に推された。
しかし、スタート直後にホワイトストーンにぶつけられて逃げることが出来ず、代わりに逃げたフタバアサカゼがバテて先頭に立ったものの、ゴール寸前で関西からやって来た白い刺客ハクタイセイに差し切られて敗れたT_T
中野栄治騎手(現調教師)はハナを切れなかったこと以上に、ハクタイセイの強さを認識してなかったことを悔やんだのだった(@_@)
ハクタイセイを管理していた布施正調教師は、バンブーアトラスでダービーを、バンブーアトラスの仔バンブービギンで菊花賞を制しており、これで牡馬クラシック三冠をすべて制したのだった。
ハクタイセイの主戦は須貝尚介騎手(現調教師)だったが、須貝騎手が中山競馬場で騎乗したことがないと言うことだけで南井克巳騎手に乗り替わりとなり、これも事件となった(@_@)
1991年 トウカイテイオー(西)
1番人気(8枠18番単枠指定)
騎手 安田隆行(西)
2着 シャコーグレイド(東)
16番人気(1枠2番)
騎手 蛯名正義(東)
3着 イイデセゾン(西)
5番人気(6枠13番)
騎手 田島良保(西)
単枠指定馬
イブキマイカグラ(西)
5枠11番2番人気4着
騎手 南井克巳(西)
皇帝シンボリルドルフの仔トウカイテイオーが、父ルドルフを彷彿とさせる強さを見せつけて完勝し、父ルドルフ同様無敗の皐月賞馬となった。
もう1頭の単枠指定馬イブキマイカグラが終始内で包まれ、結局包まれたままでゴールを迎えたのに対し、やっさんこと安田隆行騎手はテイオーの行く手を他馬に邪魔されないよう、テイオーを外に導いて鮮やかな勝ち方を見せた^_^
1992年 ミホノブルボン(西)
1番人気(2枠4番)
騎手 小島貞博(西)
2着 ナリタタイセイ(西)
4番人気(3枠5番)
騎手 南井克巳(西)
3着 スタントマン(西)
5番人気(1枠1番)
騎手 角田晃一(西)
3着 アサカリジェント(東)
2番人気(3枠6番)
騎手 柴田政人(東)
ミホノブルボンはその血統背景からマイラーと見られ、この皐月賞でも2000mの距離への適性を疑問視された。
しかし、栗東の坂路調教で鍛えられたミホノブルボンは、血統理論をあざ笑うかのように皐月賞を勝ち、さらに距離が延びるダービーも圧勝して、無敗の二冠馬となった。
1993年 ナリタタイシン(西)
3番人気(7枠14番)
騎手 武豊(西)
2着 ビワハヤヒデ(西)
2番人気(8枠18番)
騎手 岡部幸雄(東)
3着 シクレノンシェリフ(西)
4番人気(1枠1番)
騎手 松永幹夫(西)
1番人気(2枠4番)
ウイニングチケット(西)4着
騎手 柴田政人(東)
この年は三強と呼ばれたナリタタイシンが皐月賞、ウイニングチケットがダービー、ビワハヤヒデが菊花賞を勝ち、三強が三冠を分け合った。
1994年 ナリタブライアン(西)
1番人気(1枠1番)
騎手 南井克巳(西)
2着 サクラスーパーオー(東)
9番人気(4枠7番)
騎手 的場均(東)
3着 フジノマッケンオー(西)
6番人気(8枠16番)
騎手 武豊(西)
皇帝シンボリルドルフの強さを知る岡部騎手に「あの化け物には、他の同世代の馬は逆立ちしても勝てないだろうよ(@_@)」と言わしめた、シャドーロールの怪物ナリタブライアン(@_@)
皐月賞で2着馬サクラスーパーオーに3馬身差をつけて勝ったのは、三冠馬となった怪物ブライアン伝説の序章でしかなかった(@_@)
1995年 ジェニュイン(東)
3番人気(3枠6番)
騎手 岡部幸雄(東)
2着 タヤスツヨシ(西)
4番人気(4枠7番)
騎手 小島貞博(西)
3着 オートマチック(東)
11番人気(4枠8番)
騎手 加藤和宏(東)
1番人気(5枠9番)
ダイタクテイオー(西)8着
騎手 藤田伸二(西)
もし皐月賞へ無事に出走していれば、圧倒的な1番人気に推され、圧勝していただろうフジキセキが重度の屈腱炎で電撃引退し、一転して混戦となったこの年の皐月賞。
勝ったのは、フジキセキと同じくサンデーサイレンスのファーストクロップだったジェニュインで、2着もやはりサンデーサイレンスのファーストクロップだったタヤスツヨシ。
ダービーでは、皐月賞の1、2着が入れ替わった。
1996年 イシノサンデー(西)
4番人気(3枠5番)
騎手 四位洋文(西)
2着 ロイヤルタッチ(西)
1番人気(3枠6番)
騎手 南井克巳(西)
3着 メイショウジェニエ(西)
9番人気(4枠8番)
騎手 河内洋(西)
この年も、皐月賞へ無事に出走していれば、圧倒的な1番人気に推されただろうダンスインザダークが熱発で回避したことで混戦となったが、サンデーサイレンス産駒のイシノサンデーが混戦を断ち切った(@_@)
1997年 サニーブライアン(東)
11番人気(8枠18番)
騎手 大西直宏(東)
2着 シルクライトニング(東)
10番人気(1枠2番)
騎手 安田富男(東)
3着 フジヤマビザン(西)
12番人気(2枠3番)
騎手 村本善之(西)
1番人気(4枠8番)
メジロブライト(西)4着
騎手 松永幹夫(西)
1番人気に推されたメジロブライトは後方一気の馬だったので、直線が短い中山コースではとてもリスキーに思えたが、案の定まったくの人気薄だったサニーブライアンの逃げ切り勝ちを許し、4着に敗れた。
サニーブライアンは、ダービーでも8枠18番から逃げ切り勝ちした。
1998年 セイウンスカイ(東)
2番人気(2枠3番)
騎手 横山典弘(東)
2着 キングヘイロー(西)
3番人気(6枠12番)
騎手 福永祐一(西)
3着 スペシャルウィーク(西)
1番人気(8枠18番)
騎手 武豊(西)
逃げが身上のセイウンスカイは、弥生賞でスペシャルウィークに完敗したことに鑑み、鞍上を徳吉孝士からノリちゃんにスイッチ。
これが功を奏し、鮮やかな逃げ切り勝ちを収めた^_^
セイウンスカイは、秋に京都大賞典、菊花賞でも鮮やかな逃げ切り勝ちを収めた^_^
1999年 テイエムオペラオー(西)
5番人気(6枠12番)
騎手 和田竜二(西)
2着 オースミブライト(西)
6番人気(6枠11番)
騎手 蛯名正義(東)
3着 ナリタトップロード(西)
2番人気(4枠8番)
騎手 渡辺薫彦(西)
1番人気(1枠2番)
アドマイヤベガ(西)6着
騎手 武豊(西)
4歳時には、春の天皇賞、宝塚記念、秋の天皇賞、ジャパンカップ、有馬記念とG1を5勝する等、重賞8戦8勝の不滅の大記録を打ち立てたテイエムオペラオー。
当時は2000mだった毎日杯で2着馬に4馬身差をつけて圧勝し、竹園オーナーはクラシック登録がなかったオペラオーを皐月賞に出走させるべく、追加登録料を支払ったのだった。
2000年 エアシャカール(西)
2番人気(8枠16番)
騎手 武豊(西)
2着 ダイタクリーヴァ(西)
1番人気(2枠3番)
騎手 高橋亮(西)
3着 チタニックオー(西)
13番人気(7枠14番)
騎手 角田晃一(西)
エアシャカールは、皐月賞と菊花賞を勝って二冠馬となったが、武豊騎手はまさかダービーに兄弟子の河内洋騎手が、厩舎と河内騎手自身にゆかりの深いアグネスフライトで出て来るとは思わなかっただろう。
エアシャカールはダービーでアグネスフライトに僅差で敗れ、最も三冠馬に近かった二冠馬となった(@_@)
2001年 アグネスタキオン(西)
1番人気(4枠7番)
騎手 河内洋(西)
2着 ダンツフレーム(西)
3番人気(7枠14番)
騎手 藤田伸二(西)
3着 ジャングルポケット(西)
2番人気(1枠1番)
騎手 角田晃一(西)
無敗の桜花賞馬アグネスフローラの仔、アグネスタキオンが無敗の皐月賞馬となったが、その後重度の屈腱炎を発症し、電撃引退したT_T
2002年 ノーリーズン(西)
15番人気(1枠2番)
騎手 ブレット・ドイル(イギリス)
2着 タイガーカフェ(東)
8番人気(5枠9番)
騎手 ミルコ・デムーロ(イタリア)
3着 タニノギムレット(西)
1番人気(6枠11番)
騎手 四位洋文(西)
この年、桜花賞はまったくの人気薄アローキャリーが勝ち、皐月賞はこれまたまったくの人気薄ノーリーズンが勝った(@_@)
しかも、ノーリーズンで皐月賞を勝ったブレット・ドイルは、JRAから短期免許を交付されていたにも関わらず、無断で日本からトンズラして香港に渡ったのだった。
ノーリーズンはその後菊花賞で1番人気に推されたが、何とスタート直後に馬が躓いて武豊騎手が落馬し、ノーリーズン絡みの馬券はスタート直後に紙クズと化した(@_@)
2003年 ネオユニヴァース(西)
1番人気(2枠3番)
騎手 ミルコ・デムーロ(イタリア)
2着 サクラプレジデント(東)
2番人気(3枠6番)
騎手 田中勝春(東)
3着 エイシンチャンプ(西)
3番人気(7枠14番)
騎手 福永祐一(西)
陽気な若きイタリアン、ミルコ・デムーロに導かれたネオユニヴァースが勝ち、後にダービーも勝って二冠馬となる。
見た目のカッコ良さが秀逸だったサクラプレジデントは、結局無冠に終わった(@_@)
2004年 ダイワメジャー(東)
10番人気(7枠14番)
騎手 ミルコ・デムーロ(イタリア)
2着 コスモバルク(北海道)
1番人気(8枠18番)
騎手 五十嵐冬樹(北海道)
3着 メイショウボーラー(西)
6番人気(4枠8番)
騎手 福永祐一(西)
門別の星、コスモバルクの行く手を阻んだのは、ミルコ・デムーロが騎乗したダイワメジャーだった。
ダイワメジャーは、この時点では1勝の条件馬に過ぎなかったのだ。
この後、ダイワメジャーは喉の病気で低迷したが、喉の手術が上手く行って病気が完治し、アンカツさんに導かれて秋の天皇賞等を勝った。
2005年 ディープインパクト(西)
1番人気(7枠14番)
騎手 武豊(西)
2着 シックスセンス(西)
12番人気(5枠10番)
騎手 四位洋文(西)
3着 アドマイヤジャパン(西)
3番人気(8枠16番)
騎手 横山典弘(東)
後世に語り継ぎたい馬No.1に輝いた、皇帝ルドルフ以来となる無敗の三冠馬ディープインパクト。
圧倒的な1番人気に応えて圧勝し、無敗で最初の一冠を手にした^_^
2006年 メイショウサムソン(西)
6番人気(3枠5番)
騎手 石橋守(西)
2着 ドリームパスポート(西)
10番人気(1枠2番)
騎手 高田潤(西)
3着 フサイチジャンク(西)
2番人気(3枠6番)
騎手 岩田康誠(西)
1番人気(7枠15番)
アドマイヤムーン(西)4着
騎手 武豊(西)
スプリングステークスを勝って皐月賞に駒を進めたメイショウサムソンが6番人気で、1番人気は弥生賞を勝って皐月賞に駒を進めたアドマイヤムーンだったが、メイショウサムソンは低評価を覆す見事な勝利を収めた^_^
2007年 ヴィクトリー(西)
7番人気(8枠17番)
騎手 田中勝春(東)
2着 サンツェッペリン(東)
15番人気(5枠9番)
騎手 松岡正海(東)
3着 フサイチホウオー(西)
2番人気(1枠1番)
騎手 安藤勝己(西)
1番人気(7枠15番)
アドマイヤオーラ(西)4着
騎手 武豊(西)
2歳時にはクラシックの有力候補と言われながら、3歳になってからの成績が冴えず、皐月賞では7番人気まで評価が落ちていたリンカーンの半弟ヴィクトリーが勝ち、2着にはまったくの人気薄サンツェッペリンが入った。
この世代の牡馬は、ダービーを牝馬のウオッカに勝たれたし、古馬になってからG1を勝った馬は1頭も出なかった(@_@)
サンツェッペリンは、障害に転向するもパッとしなかった(@_@)
2008年 キャプテントゥーレ(西)
7番人気(3枠6番)
騎手 川田将雅(西)
2着 タケミカヅチ(東)
6番人気(1枠1番)
騎手 柴田善臣(東)
3着 マイネルチャールズ(東)
1番人気(5枠9番)
騎手 松岡正海(東)
エアトゥーレの仔、キャプテントゥーレが7番人気の低評価を覆す、鮮やかな逃げ切り勝ちを収めた^_^
川田は、これがG1レース初制覇だった^_^
2009年 アンライバルド(西)
3番人気(8枠16番)
騎手 岩田康誠(西)
2着 トライアンフマーチ(西)
8番人気(2枠4番)
騎手 武幸四郎(西)
3着 セイウンワンダー(西)
4番人気(7枠15番)
騎手 内田博幸(東)
1番人気(1枠1番)
ロジユニヴァース(東)14着
騎手 横山典弘(東)
弥生賞を勝って無敗で皐月賞に出走し、圧倒的な1番人気に推されたロジユニヴァースが謎の大敗を喫し(@_@)、スプリングステークスを勝ったアンライバルドが圧勝した^_^
2010年 ヴィクトワールピサ(西)
1番人気(7枠13番)
騎手 岩田康誠(西)
2着 ヒルノダムール(西)
6番人気(8枠16番)
騎手 藤田伸二(西)
3着 エイシンフラッシュ(西)
11番人気(6枠11番)
騎手 内田博幸(東)
ディープインパクト以来、5年ぶりに1番人気の馬が皐月賞を勝った。
ヴィクトワールピサはその後有馬記念を勝ち、翌年ドバイワールドカップを勝つ快挙を成し遂げた^_^
2011年 オルフェーヴル(西)
4番人気(6枠12番)
騎手 池添謙一(西)
2着 サダムパテック(西)
1番人気(2枠4番)
騎手 岩田康誠(西)
3着 ダノンバラード(西)
8番人気(1枠2番)
騎手 武豊(西)
東日本大震災の影響で、東京競馬場で開催された皐月賞。
阪神競馬場で行われたスプリングステークスで初重賞勝ちを収めたオルフェーヴルが勝ち、後にディープインパクト以来6年ぶりとなる三冠馬となったことは記憶に新しい^_^
2012年 ゴールドシップ(西)
4番人気(7枠14番)
騎手 内田博幸(東)
2着 ワールドエース(西)
2番人気(5枠9番)
騎手 福永祐一(西)
3着 ディープブリランテ(西)
3番人気(3枠6番)
騎手 岩田康誠(西)
1番人気(8枠18番)
グランデッツァ(西)5着
騎手 ミルコ・デムーロ(イタリア)
道悪の巧拙が勝敗を分けたが、オルフェーヴルと同じ父ステイゴールド×母メジロマックイーンの肌馬の血統背景を持つゴールドシップが勝ち、今もバリバリの現役競走馬として活躍している^_^
2013年 ロゴタイプ(東)
1番人気(4枠7番)
騎手 ミルコ・デムーロ(イタリア)
2着 エピファネイア(西)
2番人気(7枠14番)
騎手 福永祐一(西)
3着 コディーノ(東)
3番人気(6枠12番)
騎手 横山典弘(東)
昔は、皐月賞は速い馬が勝つと言われたが、ロゴタイプが持ち前のスピードを活かして快勝した^_^
しかし、ロゴタイプはこの皐月賞を最後に勝ち鞍がなく、2年間未勝利が続いている(@_@)
2014年 イスラボニータ(東)
2番人気(1枠2番)
騎手 蛯名正義(東)
2着 トゥザワールド(西)
1番人気(8枠17番)
騎手 川田将雅(西)
3着 ウインフルブルーム(西)
8番人気(8枠18番)
騎手 柴田大知(東)
グッドルッキングホース、イスラボニータが勝ち、一冠をゲットした^_^
しかし、皐月賞馬イスラボニータ、ダービー馬ワンアンドオンリー、菊花賞馬トーホウジャッカルと、その後全然活躍していないのが(@_@)
数の上では、関西馬21頭、関東馬19頭とほぼ互角。
1970年から80年代にかけては、関西馬が皐月賞に参戦すること自体が少なかったので、勝ち馬は圧倒的に関東馬が多かったが、関西馬は勝てないまでも2着には結構入っていて、言われるほど関西馬の成績は悪くなかったのだ(@_@)
しかし、ナリタブライアンやディープインパクトのように三冠取るような化け物級以外の関西馬が1番人気に支持された時は、頭からは外すのがいい。
1番人気が桜花賞ほどアテにならないことが多く、1番人気で勝った馬は、ロゴタイプを除いて後に二冠、三冠級の馬になっている。
ダイナガリバー、メリーナイス、アドマイヤベガ、ロジユニヴァース等、後にダービーを勝った馬が、皐月賞では着外にズッコケたケースも少なくないのだ(@_@)
今年の3歳牡馬には、関東、関西共に二冠、三冠級の馬などいないと見ており、皐月賞では3戦3勝のサトノクラウン、2歳チャンピオンのダノンプラチナ、この世代で一番強いと思っているリアルスティールがズッコケることを考える必要もある。
特にダノンプラチナについては、エビやんがマイラーっぽいと言うコメントをしており、2000mは長いのかも知れない。
3戦3勝のキタサンブラックは、馬主の北島三郎さんには悪いが、残念ながらクラシックレースを勝てる血統の馬ではない(@_@)
キタサンブラックは鞍上に浜中を確保したようだが、ルージュバック同様馬場そうじに終わる可能性が高いと見る(@_@)