今日も仕事なので、チューリップ賞とオーシャンステークスをリアルタイムで見ることは出来ない(@_@)

ごっちゃんが死去した後、名馬が3頭天に召されたT_T

競走馬引退後種牡馬に転じていたアドマイヤオーラが、病気のため死んだとかT_T

アドマイヤオーラは、父アグネスタキオン、母ビワハイジと言う超良血馬で、栗東の松田博資調教師が管理した。

アドマイヤジャパンの半弟、二冠牝馬ブエナビスタ、トーセンレーヴ、ジョワドヴィーヴル、サングレアルの半兄にあたる。

トーセンレーヴ以外は、松田博資調教師が管理した&している。

牝馬のウオッカにダービーを勝たれた最弱の世代の1頭で、G1勝ちはなかった(@_@)

また、アグネスタキオン同様脚元が弱く、競馬場で脚元に熱を持って競走除外になったことが2回あった(@_@)

私が生観戦した、2009年の京都記念でもレース前に競走除外になり、その後1年以上休養した(@_@)

アグネスタキオンの後継種牡馬には、1年下のダービー馬ディープスカイが指名されたため、G1勝ちのないアドマイヤオーラはどうなるかと思われたが、アグネスタキオンの血を残すため、種牡馬に転用された。

あまり多数の種付け募集はしてなかったようだが、今年は満口だったとか。

その満口の種付けを終える前に、死んでしまったようだT_T

1991年の桜花賞馬シスタートウショウが老衰、1994年の桜花賞馬オグリローマンが病気と、2頭の桜花賞馬が天に召されたT_T

シスタートウショウは、父トウショウボーイ、母コーニストウショウと言うトウショウ牧場ゆかりの血統馬で、栗東の鶴留明雄調教師が管理した。

新馬戦、福寿草特別、まだオープン特別だった頃のチューリップ賞と3連勝して、無敗で桜花賞に出走した。

この年の桜花賞の単勝1番人気には重賞2勝を含む5戦5勝と無敗のイソノルーブルが支持され、シスタートウショウはイソノルーブル同様無敗ながら、極端な追い込み脚質、重賞初挑戦が桜花賞、鞍上が当時まだアンちゃんの角田晃一(現調教師)だったためか、単勝4番人気だった。

この桜花賞では、イソノルーブルがレース前に落鉄したのだが、馬のテンションが最高潮に達して装蹄師を寄せ付けようとせず、JRAは場内に何もアナウンスをしないままで、蹄鉄を装着せずにイソノルーブルを走らせると言う大事件が起きたレースだった。

シスタートウショウがこの桜花賞を勝ち、無敗の桜花賞馬となった。

オークスでは、シスタートウショウ自慢の末脚が府中の長い直線でこそと見られ、7枠17番に単枠指定されて単勝1番人気に支持されたが、単勝4番人気で8枠20番と言う最外枠スタートだったイソノルーブルが自慢の逃げ脚を披露して、シスタートウショウの追い込みをハナ差しのいでオークス馬となった。

しかし、シスタートウショウは桜花賞が、イソノルーブルはオークスが最後の勝利となった。

イソノルーブルは、当時3歳限定だったエリザベス女王杯で脚部故障を発症して引退したし、シスタートウショウはオークスの後に屈腱炎で約1年半休養し、何とか復帰するも中山記念の2着が最高で、勝つことは出来なかった(@_@)

その後、シスタートウショウ、イソノルーブル共に繁殖牝馬となったが、これと言った産駒を輩出することは出来なかった。

1994年の桜花賞馬オグリローマンは、父ブレイヴェストローマン、母ホワイトナルビーと言う血統馬で、昭和末期から平成初期にかけて大人気となり、空前の競馬ブームを作るきっかけとなったアイドルホース、オグリキャップの半妹にあたる馬で、兄オグリキャップ同様笠松から中央に転入し、やはり兄同様栗東の瀬戸口勉調教師が管理した。

転入初戦のエルフィンステークスは案外な成績に終わったが、当時はオープン特別だったチューリップ賞で2着に入って桜花賞への優先出走権を獲得し、桜花賞に出走した。

この年の桜花賞で単勝1番人気に支持されたのは、前年当時の阪神3歳牝馬ステークスでヒシアマゾンの2着に入り、エルフィンステークスを勝ったローブモンタントだった。

オグリローマンにはエルフィンステークスでは武豊が、チューリップ賞では田原成貴が騎乗したが、桜花賞で田原はローブモンタントに騎乗し、オグリローマンには再度武豊が騎乗した。

競馬の神様と言われた故・大川慶次郎さんが、本命に単勝3番人気だったオグリローマンを指名し、相手候補に単勝12番人気のまったくの人気薄ツインクルブライドを入れていた。

ツインクルブライドは、抽選で出走権を得た馬だった。

結果は、直線で先頭に立った大崎昭一騎乗のツインクルブライドを、ゴール前でオグリローマンがハナ差差し切り、オグリローマンが桜花賞馬となった^_^

実は、オグリローマンにとって中央での唯一の勝ち鞍が、この桜花賞だったのだ。

しかし、オグリローマンはその後成績が上がらなくなり、引退して繁殖牝馬となったが、これと言った産駒は輩出出来なかった(@_@)

ツインクルブライドの鞍上大崎はこの頃には騎手として晩年を迎え、美浦所属ながら栗東に拠点を置いて橋口弘次郎厩舎の主戦として活躍し、ツインクルブライドも橋口調教師の管理馬だった。

ダイシンボルガードとカツトップエースでダービーを2回勝った大崎も、牝馬のクラシックには縁がなかった。

ハナ差負けたのは大崎自身にも分かったらしいが「あそこまで行ったなら、騎手としての自分に桜花賞勝ちの勲章を加えたかったT_T」と悔しがったとか。

ツインクルブライドは桜花賞の後脚部不安に悩まされ、勝ち鞍を挙げられないままで競走馬を引退し、繁殖牝馬となった。

繁殖牝馬としてのツインクルブライドはオグリローマンよりはるかに優秀で、高松宮記念2着のペールギュントを輩出する等、産駒がそこそこの活躍を見せている。

この世代の最強牝馬は、間違いなくヒシアマゾンだったが、当時外国産馬はクラシックレースに出走出来なかった(@_@)

エリザベス女王杯でオークス馬チョウカイキャロルを破って勝ったことで、ヒシアマゾンがこの世代の最強牝馬だと証明されたが、ヒシアマゾンが桜花賞とオークスに出走していたら、間違いなく勝っていただろう。

ヒシアマゾンは、競走馬引退後アメリカに帰って繁殖牝馬となったが、残念ながらこれと言った産駒を輩出出来なかった(@_@)