その3 からの続き)


次の日、教室に入ると、僕は長谷と目が合った。あきらかにこちらを意識していた。


昼過ぎの体育の時間、僕はひときわ背の高い長谷を見つめた。小豆色のふちのついた体育着にブルマを穿いた長谷の体型はすでに小学生のものではなかった。


その日の夕方、僕はいつものように彼のリビングで二人で過ごしながら、長谷はこうして藤本と過ごしてみたいのだろうかと考えてみたりした。


ある日の夕方、街に出かけた帰り道、僕たちはいつものようにあたりをうかがいながら、地元に向かって自転車を走らせていた。しかし、土橋の、路面電車が走る大通りの信号で引っかかったため、しばらく待っていた。やがて信号が青に変わり、ゆっくり自転車を漕ぎ出したとき、隣でたむろっていた中学生ぐらいの男二人が後ろから僕たちの自転車を止めるように声をかけてきた。


「ちょっとその先まで行って。」


一方の男が、お兄さんのように優しそうな声で僕を誘導した。それで、僕はてっきり、彼のことを学校の生活指導の手伝いをしているボランティア学生かと思った。というのは、当時の小学校では学区外に外出してはいけないといわれており、そのために先生が取締りをしているという話をしばしば聞いていたからである。


で、言われた通りに自転車を信号の先で止めた。藤本の方は、彼らの声に気が付かなかったのか、そのまま行ってしまった。それをもう一方の学生が追いかけて行くのが見えた。


その後、僕は、声をかけてきた男にその先のガレージの中に引っ張り込まれてしまった。僕は事態が飲み込めておらず、相手の男に対する恐怖感よりも、自分が小学校に通報されるのではないかという罪悪感にどきどきしていた。僕を薄暗いガレージの奥の壁に押し付けたその男は、僕ににやにやと話しかけてきた。僕には、もはや、その男が人間には見えなかった。何かどす黒い闇が僕の目の前に覆い被さってきた。僕には何の力もなかった。


次の日、登校してみると、藤本がいて、僕に話しかけてきた。


「昨日、あのあと、どうしたんなら。」


「うん。あのあと、120円、盗られたわ。それしか持っとらんかった。」


「おお、ほうか。」


「藤本は?」


「わしか?わしゃ、『知るかあ』いうて、怒鳴って、逃げたわ。」


結果的に、彼は僕を置いて逃げる形になってしまったが、別に裏切られたような気持ちもなかった。むしろ彼の無事が分かって、僕はほっとした。



その5 に続く)