こんにちは
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このブログは、自分の興味のおもむくまま、
主に次の4つについて書いています
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リブログ等、大歓迎です
今回は、
のつづきです。
ここ2年の間で、実にさまざまな
人に出会うことができました
ずいぶんと考え方も
変わってきたように思えます。
いま、この瞬間にも
夫婦問題に悩まれている方が
当ブログをご覧になって
いただいてるかもしれません。
卑近な例で恐縮ですが、
こういう行動を起こした人もいるんだな
という軽い気持ちで
お読みいただければ幸いです。
【1】法律相談
夫に別居されて最初にやったことは
法的にどうなのか
という確認。
気になったのは、
①夫の言い分で一方的に離婚できるのか
②土地や建物は勝手に売られてしまうことがあるのか
③婚姻費はいくら請求できるのか
の3点。
役所真っ先に駆け込んだのは
住まいのある自治体の行政機関。
(つまり、お役所)
無料相談を利用しました。
上記①〜②は「難しい」、
③は弁護士に確認すべし、とのこと。
離婚届不受理届を申請し、
夫が住民票を移しているかどうかも
確認しました。
女性センター弁護士による無料法律相談と、
臨床心理士による面談目的で
予約を取りました。
まず臨床心理士との面談から。
夫の借金はあるものの
家計は別で私も稼ぎがある。
DVなど深刻性がないことから
「様子見」
ということになりました。
てっきり
「あなたのご主人はこういうタイプだから
こういう対応をした方がいい」
という具体的なアドバイスが
もらえるかと思っていたので
落胆したのを覚えてます。
ただの傾聴に次ぐ傾聴……
アドバイス一切ナシ。
弁護士による無料法律相談は
「1回だけしか受けられないから、
もっと深刻になったら来て」
と帰されました。
いや、いま必要なんですけど……
ここは、もっと貧困などで困窮している
人たちのための施設で、
私のように正規の職に就いてる人間は
「お呼びでない」のだなと
痛感しました。
自治体の電話相談家庭問題についての相談窓口が
あったので、電話してみました。
状況を説明しても、
相手も戸惑っている様子……。
ここまで
〜
と
〜
と私が相談しまくった背景には
「対処法を知りたい」
という思いがあったからです。
行政ならば、法的な観点から
具体的なアドバイスをいただけるものだと
思い込んでいたんですね。
でも、結局役に立ったのは
の無料相談だけ。それも、
「土地や建物はどうなるのか」
「離婚届不受理届を出したほうがいいのか」
という、こちらからの問いかけに対して
回答いただく形。
知識がないと相談できないし、
ただ闇雲にすがっても何も答えは出ない
ということを痛感しました。
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ここまでが自治体の対応。
以降は、すべて民間です。
行政に相談して感じたのは、
「ふつうに暮らしている」人への
支援がほとんどないこと。
たとえば私の場合、
夫が住民票を移してないので
夫の協力がないと
私からは別居の客観的証明ができません。
肝心の夫は
「自分の住まいを知られたくない」
と、どこに住んでるか教えてくれず。
夫の収入から算出された保育料は、
認可保育所にもかかわらず
毎月7万円ほどかかります。
長男が学童に行くようになってからは
毎月約8万円払っています。
夫からもらう生活費は
保育料と光熱費で消滅してしまう。
だから、本当は保育料の
減免申請をしたかった。
でも、その申し立ての術もない。
家計に困っても、
これでは具体的な支援策はない。
この時期は、熊本で大震災が起こり、
日本中に衝撃が走っていましたが
恐縮ながら私は自分のことで精一杯でした。
義捐金も、ほんのわずかな額しか
出せませんでした。
いまでも
熊本の震災のニュースを目にすると、
当時のパニクっていた自分の記憶が
蘇ってきてしまい、
胸が痛くてテレビを正視できません。
現地の方には私事で
本当に申し訳ない話なのですが。
それぐらい、私にとって
夫が出て行ってしまうというのは
驚天動地な出来事でした。
弁護士③が未解決のため、知り合いに頼んで
弁護士を紹介してもらいました。
今もらってる額は法定からすると
ちょい少なめ。
でも、一応妥当ラインすれすれだそう。
こっちは、短時間勤務(時短)、
育児時間の確保と引き換えに
給料減額で働いています。
夫だって、私と同じく子どもがいる身。
それなのに、
家庭仕事に従事している私を横目に
めいっぱい働いて出世していく。
家庭を引き受けた私に感謝もなく、
働きたいだけ働いて収入を上げ、
イヤになったら妻子を捨てる。
わずかな生活費だけ払って自由の身。
働きたくても満足に働けない私からしたら、
自分の能力が十分に給与に反映されてる
夫が羨ましい限り。
日本の法律はどこまで男性優位なんだろう。
主たる家計支持者が身勝手に別居した場合は
配偶者の申し出によって
給与全額差押えを可能にすべきだ。
と、ここまで考えてしまうぐらい
憤りが強くなっていました。
女性も男性と同じように企業で働ける時代。
それでも、家事、育児、介護といった
家庭仕事のシェアリングは進まない。
家庭仕事の多くを引き受けると
独身のころと同じような働き方ができない。
家庭仕事を放棄すれば、家が荒む。
だれも、私と同じレベルで
家庭仕事を担える人がいないし、
いたとしても莫大な費用がかかってしまう。
それを嘆いても、ある一定数の、
意識が「昭和」から変わっていない人々
からはバッシングされるだけ。
頼りの民法は、家父長制度を強化した
明治時代のもののまま。
何もかもが思うとおりにいかない。
このころは、こういった憤りと
やるせない絶望感に襲われていました。
【2】友人・知人
法律相談は、夫が出てから約1ヶ月半で
すべて終わらせました。
予約を取ったりするのが大変で
平日しか相談できないところもあり、
休みを調整してこなしてました。
上司や同僚にも事情を話して支援いただき
何とかやれた感じです。
法律相談の結果、
策は「円満調停の申し立て」ぐらいしか
なさそうでした。
ひょんなことから
夫が円満調停の存在を
知っていることがわかり、
それとなく聞いてみたところ
「申し立てが届いても
自分は欠席するから不成立になる」
と自信満々に答えられました。
「奈津子も同じように、
こちら側から離婚調停を申し立てても
欠席するだろう?」と言われたのですが、
「え
」
って感じでした。
なんで欠席することになってるねん。
むしろ、第三者を挟んで
夫とじっくり話し合えるチャンス
と喜んで行くわ。
このように、私の意志ではないことが
いつの間にか、さも私がそうするかのように
決めつけで夫に言われることが多く、
夫の中にある私の虚像にうんざりして
反駁する気力もなくなっていったのでした。
円満調停では解決できないことを知り、
途方に暮れた私を支えてくれたのは
友人たちでした。
友人たちは、確かに
プロのカウンセラーではありません。
巷には、
「素人に相談すると、
自分の主観や感情をアドバイスと
履き違えて誤った結論になりがち」
という意見も多くあります。
確かに、それも一理あります。
こちらの意志を無視して、
自分の意見を感じるままに
伝えてくる人も、
いないわけではありません。
でも、その辺は織り込み済み。
というとイヤな感じですが(笑)、
「身近な人物に相談する場合は
このケースだと、だれが最も有益か」
ということが
無意識レベルでわかるんです
あ、やっぱりイヤな感じですかね
というか、そうそう感情的に
自分の気持ちのままアドバイスという名の
お節介を焼くような人は
私の身近にはほとんどいません。
特に、ママ友たちは素晴らしい。
自分と相手との境界線をきちんと引き、
お互いを尊重する。
理性的でいながら
一歩踏み込むところは大胆に踏み込み、
人付き合いの心地よさを
身体の芯から感じられるような
そんなステキな人たちばかりです。
なので、安心して相談できました。
私が役所に出向くときには
子どもたちを預かってくれたり。
夕飯を持ってきてくれたり、
お迎えを代わってくれたり、
休日は車を出して
遊びに連れてってくれたり。
ママ友だけでなく、
学生時代の友人、会社の人たち、
果ては夫の友人や知人まで……
たくさんの人に支えてもらいました。
話をすると、実はみんな
それぞれ色んなものを抱えている
ことがわかりました。
この一件でまわりとの絆が
より強固なものになったような気がします。
ただ、実両親や夫の家族には
未だに話してはいません。
必要なときが来れば……とは思いますが、
一生来ないような気もしています。
【3】カウンセラー
友人たちに話をすることで
しばらくすると落ち着きを
取り戻していきました。
わずか1ヶ月で一気に落ちた体重も
(悲しいことに)元に戻りました。
後にも先にも食べ物が喉を通らない経験は、
このときだけです。
別居2ヶ月後には肺炎になるなど、
なかなか過酷な日々を過ごしては
いましたが、
「このままじゃいけない」
という思いだけは強く持っていました。
私ははじめから、「離婚する」という
気持ちはありませんでした。
だれに相談しても
「元に戻りたい」
その一心は変わりませんでした。
私の気持ちがブレないから、
友人たちから「離婚しなよ」などの
余計なアドバイスがなかったのかも
しれません(笑)。
調べたところ、夫婦問題を専門に扱う
カウンセラーも大勢いることが
わかりました。
「プロならば、
何かしら手立てがあるかもしれない」
そう思い、目についた方々に
片っ端からアクセスしていきました。
このときはまだ
カウンセラーは魔法が使えて
杖を一振りすれば夫は戻ってきて
また仲良くなれる
と信じていたのです。
長くなったので、つづきます。
次は②です。