やねうら王の作者さんの blog で「羽生先生の発言は何が開発者の反発を招いたのか?」という記事がありまして、その中にこう書かれています。

私がやねうら王をOSSとして公開したのは、公開したくて公開したのではなく、Aperyが公開した以上、公開しないと開発競争に負けるという判断からです。そして、その判断は実際、正しかったのです。

なぜなら、将棋AIは小さな改良を積み上げていく世界なので、多くの開発者にコミットメント(参加)してもらうことが強い将棋AIを開発する上では必須でしたから。多くの人々がプロジェクトに貢献することで、よりよいソフトウェアを作り上げるというOSSによく見られる文化的精神が、将棋AIの開発と非常にマッチしたわけです。

OSS とは OpenSource Software のことです。その理念は、中身 (source) を公開するから開発その他で是非貢献してね、というものです。無料利用を禁じているわけではないけど、できたら貢献してほしいな、という感じです。利用者全員に義務を課すわけじゃないけど、利用者が増えれば「私も貢献しよう」という人数も増えることが期待できるから公開する、という感じです。

将棋や囲碁や麻雀や電子遊戯など、その業界の人口が業界の盛衰を左右しているのと同様、software もその業界の人口が盛衰を左右します。

簡単に言うと、「たくさんの人が改善に貢献してくれるほど、改善が進んでいく」というものです。

なので、やねうら王の作者さんの以下の言葉もよく分かります。

もうお分かりかと思いますが、私は、将棋ファンに向けて「将棋ソフトを無料で公開するから是非将棋ファンの皆さん、遊んでください」と考えているような篤志家などではなく、どちらかと言えばOSSの開発にコミットメントしてくれない人たちは、「やねうらおがインスコロールができません」とか「ZIPってなんですか?レンジでチンするやつですか?」とか、「どれをダウソロードしたらいいんですか?」とか「実行したらウイルスだとでました」とか「YaneuraOu.exeってのをダブルクリックしたら黒いメモ帳(コマンドプロンプトのこと)が出てきました」とか、ツイッターのDMでそういうことを言ってくる面倒な人たちです。場合によっては冒頭のツイートのように「キ◯ガイ」呼ばわりされたり、言われもない中傷をされたり、殺害予告を受けたりします。有償ならともかく無償ではそういう人たちのサポートをしたくありません。

私が将棋関係 software の一括 installation 用 data を用意している意図の1つに、そういう面倒な人たちの減少もあるのですが…どれくらい役立っているのかは分かりません。

繰り返しになりますが、OSSとは、単なる無料のソフトウェア以上の意味を持ちます。

多くのOSSプロジェクトには、コラボレーションと共有の文化が根付いています。ユーザーは、ソフトウェアの使用だけでなく、コードの改善や新機能の提案に参加することが奨励されます。このようなOSSコミュニティでは、開発者とユーザー間の対話を重視し、互いに学び合う環境を提供します。(そういうコミュニティもある、という話をしています。すべてのコミュニティがそうだとは言っていません。) 利用者は、バグの報告やドキュメントの改善に貢献することで、プロジェクトの発展に寄与できます。このようなOSSを利用する際には、この開かれた精神を理解し、可能な限りコミュニティに貢献することが望まれます。これにより、ソフトウェアはより良く、より使いやすく進化し続けます。このようなOSSのプロジェクトはただのプロダクトではなく、知識と経験を共有する動的なコミュニティです。

これは本当にそうです。個人的な意見ですが、すぐに貢献できなくても「GitHub の account くらいは作っておくか」くらいでもいいんじゃないかと思います。それだけでも GitHub 上で簡単に issue を発行できるようになりますし、そうやってつながりができると多くの人の力を集積しやすくなります。


あなたが入ろうとする建物の入り口の扉が自動的に閉まる扉であった場合 (そしてあなたに続けて建物に入ろうとする人がいる場合)、次の人のために扉を押さえておきましょう、みたいなことを習ったことはありませんか?

あなたがほんの1秒~数秒間扉を押さえるだけで次の人は建物に入りやすくなります。次の次の人がいる場合、あなたに続けて次の人が扉を押さえれば、次の次の人も助かります。OSS の理念はこれに近いです。

ところが、次の次の人がいるのに次の人が扉を押さえなかった場合、あなたは「扉を手放す」か「次の次の人のために扉を押さえ続ける」か選択することになります。

次の次の人も扉を押さえなかった場合、つまり「他人に貢献しようという意思はなく利益だけ受け取ろうとする人」が連続した場合、あなたは扉を押さえ続けるかどうか悩むと思います。

もしあなたが扉を押さえ続けていると、あなたの貢献を無視してあなたに対して「お前の扉の押さえ方が悪い」などと文句を言ってくる人が出てきます。自分が貢献しないだけではなく、他人の貢献を当然のものとして文句を言う人です。

そういう人が出てきたらあなたは不愉快になると思います。


やねうら王の作者さんは色々と面倒な人たちを相手にしてきたのだろうなあ、と思います。