ジャニス・メイ・ユードリーと
モーリス・センダックが創った名作。
何度か紹介してきた「ムーンジャンパー」。

こちらはかつて、別の出版社から
違うタイトルで出ていたことは知っていたけど
翻訳が岸田衿子さんでした。

今回、読み比べをしてみようと思ったのは
ちょっと 遠くへ出張中のお話仲間が
前の訳のほうが好きなのよ、と言っていたから、
そんなに違うものかしら?と
気になっていたからなの。

自宅にあった原書の英文と、
2冊の翻訳をあっち見てこっち読んでして
味わいました。

全体、やさしく柔らかな印象を与えるのは
岸田版の文章。〜でした 〜しますと
文末が 丸みを帯びて結ばれる。
対して谷川俊太郎さんの訳は
ほぼ、原書に忠実な
直訳に近い。
体言止めで物語は進んでいく。

同じストーリーなのに
こんなに印象は変わるものでしょうか?
なんて、楽しい読み比べ。
日本酒の飲み比べと同じくらい楽しめましました。

翻訳は個人の好みだとは思うけど
ワタシとしては谷川版でお届けしていこうかな
と、思いましたよ。
原書に忠実だから、という意味ではなく
谷川版は、この絵本の中に流れる
月夜の魔法的な空気を 
聞き手に伝えやすい気がするから。

夜の空気。
真夏の宵。
色や形や香りなんかを
本の中の子どもたちと
共有できる文章だと感じます。

センダックの描く子どもは
かわいいけどかわいくない。
無邪気でありながら、何処か得体のしれない
妖精じみた表情を
きらりきろりと見せている。

大人がセンダックが苦手なのは
大人の都合のいい「コドモ」が
出てこないからだろう。
もっと、生々しい剥き身の子ども。
本物のありのまま、
忖度無しの子どもの世界を
描いているからじゃないかな。

ムーンジャンパーのなかの子どもたちは
夜の闇や月光に、少しずつ染まって
興奮の度合いを高めていき、
駆け回り
叫び
転げ回り

ふと、おし黙り
そして再び高く飛び跳ねる…!

大人には理解できない
熱狂。

センダックの挿絵は
そんな魔法の月夜を
隅々まで描ききっている。

谷川俊太郎さんは、
こんな、子どもの世界を
思い出の中に持っていたのではないかと想像します。
実体験として、月夜や夏の闇を
体感していて
それを思い出しながら
文章にしてくださった
そんな気がします。


1か所、
叶うならば
岸田衿子さんと
谷川俊太郎さんに
ここをどう 言葉選びしたのか
種明かしして頂きたいなあと思う所あり。



ムーンフィッシュ?
調べたら
マンボウなど、丸い形の魚、
なんて出てくるけど
絶対違うよね(笑)

岸田衿子さんは
『きんぎょと 月のひかりが 
いっしょに あそんで います』

谷川俊太郎さんは
『きんぎょは ぎんぎょと あそんでいる』

ふふふ。
ぎんぎょ!!

なんとなく、
幼い子どもが言いそうね。

あー、みてみて、
きんぎょしゃんが
ぎんぎょしゃんと
遊んでるぅー!

とかね。

暗い夜の庭。
昼間とは全く別世界に見える、
その場所で のぞきこむ
黒々とした池の水面に
月光が揺れて
小さな魚みたいに見えたんだって
原書のテキストを見ると
感じられるから
その景色を、いかに日本語に置き換えるか!
楽しく思い悩んだのかな??

その秘密、教えてもらいたいなあ、
なんて、思っちゃった。