章介

 

明日香おばさんには困ったものだ。

気まぐれなひと、と、お母さんが言ってた。

気まぐれというのは、

あんまりしゃべらない、みたいな意味だろうか。

明日香おばさんは 説明とかそういうのは

はしょって、ぶっ切りな言葉を ボンと投げてくる。

 

たとえば、今日だって

 

「昼までは、誰も来ない。

 その間は、章介は一人でいられる。

 その先は 赤ちゃんたちが来る。」

 

とだけ喋って、台所へ消えてしまった。

 

 

章介が知ってる大人と言うのは

もっと いっぱい言葉を使う。

あれこれ 言ってくる。

たくさん章介に話しかけてくるけれど、

言葉が多すぎて、いつも 何を聞かれているのか

何を怒ってるのか 分からなくなってくる。

 

 

だから、逃げ出すのだ。

 

話は終わっていない、と、

また怒られる。

 

黙っていると 何か答えなさいと言われる。

一生懸命考えて、

それらしいことを言ってみると

さらに怒り出す大人もいれば

悲しげに、じっと見つめてくることもある・・・。

 

(お母さん。)

 

今日は、絶対学校へは行かないよ、と宣言したら

お母さんは いつもみたいに、怒りだした。

すごくいっぱい、色んな事をしゃべって、

章介に 質問したり、命令したりした。

 

早口で、分からない 言葉たち。

でも、昨日から お母さんが言っているのは

デブの砂田に 『ごめんなさい』を言え、と言う事だった。

それだけは、出来ない、と返事をすると

また、言葉の嵐だ。

 

集中して、聞く。

でも、お母さんの話は、途中から違う話、

章介の 癖の話になったり、

急に 幼稚園の頃の話が出てきたり、

章介が 本当はいい子だって言いだしたり、

すごく、複雑で やっぱり何が何だか分からない。

 

途中で何度も出てきた、

 

「砂田さんは、体の特徴を言われるのは

 凄く嫌なんですって。

 だから、デブって言っちゃダメなの。

 前にも言ったでしょう?」

 

という所。

きっと、これがお母さんの言いたい部分だと思う。

だから、章介は 夜中 そのことに関して

考えて考えて 考えたのだ。

 

 

砂田は デブだ。

誰が見ても デブだ。

給食を 2回もお代わりする女子は砂田だけだ。

なんで、2回もお代わりするかというと、

それは砂田が、いっぱい食べて 

デカくなろうとしているからに違いない。

お相撲さんがそうだから。

自分で努力してデブになっているのに

デブと言われたくない、というのは、おかしなことである。

昨日起きた 理科の時間のごちゃごちゃの時だって

うらべ先生と、オラの二人の会話に

砂田が勝手に割り込んできて

オラが嫌になって 逃げだそうとしたら、

とうせんぼうしやがった。

だから、言ってやったんだ。

 

「太った体をどけやがれ!

 砂田!

 デカくて邪魔なんだよ!」

 

 

とても、気を付けてしゃべった。

デブと言わないように。

だから、オラは悪くない。

砂田にごめんなさいを言うことはできない。

 

 

 

お母さんを、悲しい顔にしたくない。

なのに、いつもうまくいかない。

オラは すっかり辛くなって

床を転げ回って わあわあ泣いてしまった。

 

 

 

今日は もう休もう。

学校に電話してあげる。

いつの間にか、ぼさぼさ頭になってるお母さんに

抱っこされてた。

 

「でも、学校の代わりに、

 また、文庫に行こうね。

 文庫なら、嫌じゃないでしょう・・・?」

 

章介は こくこくと 頷いた。

 

 

文庫っていうのは、

お母さんの幼馴染がやってる

本がいっぱいある 家の事だ。

『風見鶏文庫』っていう。

その幼馴染が、明日香おばさんで、

明日香おばさんだけは、

章介をほったらかしておいてくれる。

 

しゃべらないし。

怒らないし。

あれこれ、うるさくかまってこない。

痩せてて、それほどブスじゃないけど、

お母さんみたいにきれいじゃない。

どっちかっていうとブス。

 

数少ない、

章介が 好きな人間。

それが 明日香おばさん。

 

でも、気まぐれ。

 

「嘘つき!」

「ついていない。」

「昼までは、誰も来ないってゆったじゃんか。」

「ゆった。」

「でも、こいつがいる!」

 

章介は 棒立ちになっている見知らぬ女の子を

びしっと指さして叫んだ。

 

「ひとを 指でさすのは

 マナー違反だ。

 覚えておくと無駄なトラブルにならない。」

「分かった。覚えておくよう頑張る。」

「このひとは、類さん。

 わたしが呼んだお客さんでも

 文庫の子どもでもない、通りすがりのひと。

 わたしにとっても、思いがけない出来事で、

 章介に説明する時間はなかったの。」

「…分かった。」

 

類と言う女の子は、

上目使いで 章介と明日香おばさんを交互に見ている。

章介も じっくりと 見てみた。

 

「なんで、

 変な髪形に 結ってるの?

 そして、凄くやせっぽちだな。」

 

「あんたも。

 あんたも やせっぽちで

 それから 変な顔。

 ガイジンみたい。」

 

               つづく。