ほんのもり 53青い扉

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「どうしたの?」

あしゅらが よう子の隣にずり寄って来た。

「これ。これ、おとうさんの事 書いてある。」

それは、表紙がつるつるした 少し分厚い雑誌で
表紙は 海の写真だった。遠くにお城が建ってる島。外国の海。
中は たくさんの 写真があって、表紙みたいに 外国の風景だったり
綺麗な女の人が 白黒の中から こっちを じっと見てたりした。

真ん中の方は 字も印刷してあって
何人かの 写真家の特集記事。
その中の ひとりが 『馬渕 月心』


あしゅらの おとうさんは よう子のお父さんより ずっと若かった。
あしゅらの おかあさんと並んだら きっと 大学生の こいびと みたいだろう。
白い壁の前に 立って こっちを見てる写真。
大きな手で ごつごつしたカメラを持って 顔が少し左を向いて 恥ずかしそうに笑ってる。
あんまり あしゅらには 似てない。

このひとが あしゅらと おかあさんを おいて 消えちゃった おとうさん。



「おとうさん。」



あしゅらが、人差し指で 写真の周りを 四角くなぞる。

「あんまり、変わってない。
良かった。
ぜんぜん、違う顔になってたら どうしようって 思ってた。
外を歩いてる時 すれ違って わかんなかったらどうしようって 思ってた。」

ページを捲ると 美しい写真が 並んでた。
黒い空に 撒き散らした 星。
オレンジに 轟々燃える 太陽。
ぼんやりと 淡く輝く 輪っかの土星。


「おとうさん、
あしゅらのこと 覚えてるかなあ。」

「あたっ、当たり前よ!あしゅら、ばかね!
忘れるわけないじゃないの。」

あしゅらが 不思議そうに よう子の顔を触って来た。

「なんで?なんで、泣いてる?よう子。 お腹 痛い?」
「目が 痒いの。漫画読んでたから!」

よう子は 雑誌をひったくると 近くの四角い窓の向こうに座っている看護婦さんを呼んだ。
『馬渕 月心』のページを見せて お兄ちゃんが この人の写真がとても好きなので
ここだけ、貰えないかと 頼んでみた。
丸顔の 看護婦さんは ちょっと、待っててね、と 

雑誌を受け取って奥に消えすぐ、戻ってきた。

「これは 先々月号だから、丸ごと持って行っていいそうよ。
お兄さん思いなのね。」

嘘を いっこ、ついた。




左腕に 絆創膏を貼った ゆうき君と ゆうき君のベッドの所で もう一回
あしゅらの おとうさんの写真を見た。

「とても、綺麗な写真だね。プラネタリウムで見た時より もっと 綺麗。
紙に 印刷してあるからかなあ?」

ゆうき君はベッドに腹這いになって 一枚ずつ 楽しそうに見ていく。

「やあ、凄いよ、あしゅら!ここ、おとうさん 写真展開くって書いてあるよ!」
「どこ?」
「ほら、ここ!」

最後の方に 四角く囲って 『馬渕 月心~天空絵巻~』展開催 と書いてある。

「凄いなあ。新宿、だって。新宿の ええっと、ギャラリー・・・ひ、ひびき って読むの?」
「ギャラリー?それは 何?」
「絵とか、彫刻を置いて 見てもらう場所の事よ。
美術館よか、小さいけど その人 ひとりだけの 展覧会をやったりするの。」
「ほく、行ってみたいなあ。本物を見てみたい。
でも、ダメだー。まだやってないし、

1週間だけだもの。きっと、退院する頃には 終わっちゃう。」
「誰も、見に行けやしないわよ!新宿なんて 遠いもの!」
「よう子ちゃん、なんか、怒ってる?」
「怒ってないわ!」

本当は 怒ってた。
ゆうき君なんかより 何倍も あしゅらの方が 見に行きたいに 決まってる。
のん気に パジャマの裾から手を突っ込んで おへそを ぼりぼり掻いてる
ゆうき君に 腹が立ってしまっていた。



帰り道。
自転車の 前かごに ゆうき君から貰った紙袋に雑誌を包んで大事そうに運んでるあしゅら。
夕方でも 夏の空気は むわっと むせかえるみたい。
病院のある町から よう子達の 雑木林が多く残る町まで戻ると
少し 涼しい気がする。

雑木林の小道から しみずが 丸い身体で 小走りで出て来た。

「あれ?ラッキー?」

ゆうき君ちの 犬 ラッキーが笑った顔で しみずをぐんぐん引っ張りながら
よう子の方へ近寄って来る。

「よう!すぎした、いむら。」
「なんで、しみずが ラッキーを散歩させている?」
「こいつはよ、ゆうきの、宝物だからな。ゆうきが 病院にいる間
おれが、散歩させる事になったんだ。」

ラッキーは 笑った顔のままで 草むらに じゃあじゃあ おしっこをした。

「ねえ、しみず。」
「なんだ?」
「新宿って、行った事ある?」
「おう!あるぞ!去年のクリスマスに 親戚のおばちゃんに 
京王デパートに連れていってもらったぞ!バニラアイス 食った。」

あしゅらは ラッキーの耳の後ろを掻いてあげながら 言う。

「どうやって、行ったの?自転車?」
「ばか言え。電車に 決まってら!」
「ひとりでも、行ける?」
「一人?なんでだ?一人で 行くのか?いむら?」