戦後再興の希望を託された神社:近江神宮 | Natural Bone Japanese

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久々のアメブロです(笑)。

 

実は先日、ひとり滋賀県の大津まで神社巡りに行って参りました。

 

理由は、近江神宮が勅祭社に定められた意図を知ったからです。

 

 

まず、近江神宮ですが、こちらは第38代天智天皇を祀っております。

 

理由は天智天皇がこの地に近江大津宮を営み、近江国の発展に大きく寄与されたからです。

 

そして、天智天皇は天智2年(660年)に百済が滅亡すると、その再興を目指し、朝鮮半島で唐・新羅連合軍と戦います。

 

これがかの白村江の戦いですね。

 

しかし、この戦では敗戦を喫してしまいます。

 

その後、天智天皇はこちら近江大津宮へと遷都し、即位を果たし、多くの改革を果たし、戦後復興を成し遂げていったと言います。

 

そんな近江神宮が創建されたのは実は非常に新しく、皇紀2600年を記念して、昭和15年(1940年)のことでした。

 

 

その後、昭和20年(1945年)に日本の敗戦が決まると、同年の12月15日には国家と神社の関係性を排除する神道指令(国家神道の廃止)が発せられ、この日に近江神宮は勅祭社に定められました。

 

理由は、当時の敗戦における戦後復興を時の昭和天皇がこの天智天皇のご事績にその希望を託されたからです。

 

このため、勅祭社という勅使(天皇の代理人)が遣わされる神社へと同宮は昇格されたのです・・・と。

 

いや~、これは知らなんだ。

 

ということで、そうした想いに引き寄せられ、私も初めて近江神宮へ参拝させていただきました。

 

立派な鳥居に、赤く立派に彩られた神門。

 

 

中に入ると、少し小高い位置に拝殿を臨む。

 

 

神門を入ってすぐ左手には、いくつかの日時計があり、中には龍の形をした古代の火時計まで再現されている。

 

 

これは約4000年前に中国で用いられたもののようで、案内板には「龍の背に等間隔に計14個の銅球が吊り下げられており、糸の下を燃え進む先行の火が糸を焼き切り、球が落下し、下に設けられたドラが鳴って時を告げるものです」とあり、1個の感覚がおよそ2時間を示すよう設計されているんだとか。

 

 

まさに、へ~なのですが、そもそも何でこんなに時計が多いのかと言いますと、実は、天智天皇が日本で初めて水時計(漏刻)を設置したという言われがあるからだそう。

 

 

そう、まさに、国内時計発祥の地でもあるのです。

 

このため、当宮にはこうした設置物だけでなく、時計館と呼ばれる時計の歴史が分かる資料館も設置されております。

 

もちろん、今の漏刻は当時のものではなく、日本とスイスの修交百周年を記念して昭和39年に再現されたもののようですが。

 

また、天智天皇は、「小倉百人一首」の第1首目を詠んだとの言われから、当宮では毎年競技かるたのチャンピオンを決める名人位・クイーン位決定戦も毎年1月に行われているんだとか。

 

確かに、神門の内側には「百人一首」がたくさん並んでいる。

 

 

しかも、近江神宮に至る際に乗車した京阪電気鉄道石山坂本線には、この競技かるたを描いた少女漫画「ちはやふる」のデコレーションが思いっきりされていた(笑)。

 

 

しかも、授与所では、この「ちはやふる」のクリアファイルまで売っていたし、なかなかに話題に事欠かない神社さまでございました。

 

個人的には見所も多くて、なかなかに楽しめた神社さまでございましたので、もし、ご都合ございましたら、一度、ご参拝に訪れてみてはいかかでしょうか。

 

東條英利

 

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