そして翌日、ロミと妖精たちはまだ暗いうちに宿泊施設を出た。
一年でいちばん太陽が遠い朝、高地にあるマチュピチュは凍り付くほどに寒い朝だったが、トーマスから贈られた神の使者のトーガに包まれて、ロミたち三人は凍えることは無い。
小型宇宙船に乗り込んだ三人を見送り、フィニアンと万里生そしてフレッドは防寒ポンチョを着てマチュピチュの門を潜った。
小型宇宙船フェアリーシップの操縦席には真梨花が座っていた。ザ・ワンの人工頭脳ユマは彼女の肉体を借りて操船している。舟はザ・ワンの反重力装置と月と地球の磁力だけで動き、音も無く暗闇に包まれたインカの遺跡の上空を、ゆっくりと飛行していた。
男たちは、遺跡の狭い石積みで造られた壁の通路を抜けて、太陽の神殿に上がった。
既に、そこにはインカの民族衣装に包まれた男たちが、インティワタナの周りに並んでいる。年老いた祭司が三人を見て、冬至の窓の反対側に立つように指さした。空はまだ暗く、焚火の炎が神殿の石壁をユラユラと照らし出していた。
フェアリーシップはワイナピチュの中腹の、断崖絶壁に穿たれた月の神殿の前に静止した。
岩の洞窟の前に6人の巫女が立ち、小さな焚火の炎が淡い照明で神殿の入り口を映していた。モノリスからえぐり取られた神殿の彫刻の施された石壁が覆い、古びた遺跡を囲うように新旧の彫刻と石の継ぎ目の模様が調和しており、月の神殿は厳かに映し出され、見る者には不思議な畏敬の念をもたらせていた。巫女たちは目を閉じて、両手を握り合わせて祈りの姿勢で立ち続けている。
そしてロミは、そこに巫女のユマがいないことに気づいた。
そのことを尋ねても、ザ・ワンの人工頭脳ユマは応えなかった。
ロミたちは舟を下り、神殿の前庭に進むと、巫女たちが三人の手を取り、左右の巫女に手を取られたロミを先頭に、神殿の左側にある山道の石段を登り始めた。ロミたちのエンパシーに応ずるように、インカの精霊たちが集まり、石段の足元を照らしてくれた。
後に続くマリアとファンションの姿を確かめながら、一つひとつ石段を上ってゆくロミ、やがて巨大な一枚岩に突き当たり、石の階段は神殿の上に回り込み、その一枚岩の中央に掘られたような穴の中から、清水が流れ落ちていくのが見えた。
その水は岩のくぼみに沿って流れ落ち、やがて神殿の右方に開かれた小さな広場に集まり、そこに小さな泉が姿を現した。泉の前に進むと、巫女たちはロミのトーガを脱がせ、ロミと妖精たちは一糸まとわぬ姿となった。
ロミを中心にして三人は手を繋ぎ、静かに片方の足を清水に踏み入れた。
水の冷たさに一瞬身体をピクンと震わせたが、三人は声も出さずにゆっくりと歩を進め、ロミの腰の位置まで泉の中に入ると、小さなファンションはその豊かな乳房の上まで冷たい清水に浸かってしまった。
ファンションとマリアは精霊に祈り、水の冷たさに慣れていくと、集まってくれた精霊たちに抱かれてファンションの震えは止まり、三人は互いに見つめ合い、泉の中で身を寄せ合い、意識を一つにして、この世に朝の光を下ろしてくれる、インカの太陽神に祈った。
すると東方の空に一条の光が立ち昇り、泉の淵に長身の女性の裸身が見えてきた。
長い手足に混血の滑らかな肌の色、マリアそっくりな面差しをしているが、頭の上に髷のようにまとめた長い髪は黒く輝き、下腹の陰りもブロンドではなく、黒い陰影を見せている。
――ユマ、あなたなのね。
その女性が巫女のユマなのか、それとも人工頭脳のユマなのか、ロミは確かめることが出来なかった。
ユマは泉の中に入り、ロミの前まで来ると、その長い腕でロミの裸身をだき包み、驚ろいて身をすくませているロミの唇を塞いでしまった。
まるで魂を奪い取ってしまいそうなほどの激しいキスをしてから、自身も眼を見開いてロミの柔らかな身を解き放すと、ユマは固い表情のまま全身を泉の中に沈めてしまい、そのまま水面の上に姿を現そうとはしなかった。
ロミは何が起こったのか分からず、泉の真ん中で、呆然として立ちすくんだ。
すると今度は、愛の妖精がロミの首を掴み、ロミの唇を塞いだ。
背を伸ばしたファンションの大きな乳房がロミの少女のような乳房を包んだ。
――大丈夫よロミ、今のは儀式なの、あなたは何も失っていないわ。
ロミは水の中に消えたユマの幻を探したが、そこにユマの姿は見つからなかった。
こんどはマリアがロミを抱きしめた、そっと唇を重ねて、優しいキスをした。
――そうよロミ、あなたは大丈夫だわ。
ロミは天空の星々を見上げ、地上の精霊たちを確かめると、二人の妖精をそっと抱き包んだ。
やぎてインカの山間(やまあい)に朝の薄明が広がり始めると、ロミは気を取り直して思念の翼を広げた。そして東方の薄明に朝焼けが昇りはじめると、ロミと妖精たちは意識を集中して明け行く東方の空を見つめた。
そこに翼をもったユニコーンの姿を見出し、それが翼をはためかせながら近づいてくると、そのユニコーンの背には、黄金の女神、メーヴ女王の姿が在った。
――お母さま、そしてユリア。
朝焼けの空から、翼を広げたユニコーンが泉の前に降り立ち、メーヴ女王が地上に足を下ろすと、ユニコーンは、女王の長女、そしてマリアの姉であり、ロミの愛するアンドロメダでもあったユリアの姿に戻り、青い瞳にブロンドの身長7フィートの裸身を現した。
女王はフードを後ろに下ろすと、そのまま紅の衣を脱いで頭上に掲げた。そして、朝焼けの空を背にして、その堂々たる眩しいほどの裸身を娘たちの前にさらけ出し、紅の衣を空に向かって投げ上げた。
――我が愛する娘たちよ、ザ・ワンと地球の血脈を繋ぐ者、そして、この紅のトーガに包まれる者こそが、この惑星の神の使者となるのだ。
神の使者メーヴ女王が空に向かって投げた紅の衣は、インティワタナに差し込もうとする太陽の光を受けて、月の神殿の聖なる泉に向かってふわりと広がりながら、一糸まとわぬ姿で太陽の光を浴びている美しい妖精たち、ロミと妖精たちの頭上に舞い降りて行った。
次項Ⅳ-83に続く
