佐伯一麦の「空にみずうみ」を読んだ! | とんとん・にっき

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佐伯一麦の「空にみずうみ」(中公文庫:2018年7月25日初版発行)を読みました。

 

佐伯一麦の本は、仙台に住んでいる知人から紹介されて、「鉄塔家族」を読んだのが始まりです。2005年9月のことです。その時、以下のように書きました。

 

著者の佐伯一麦は、仙台の高校を卒業後、18歳で上京、若き日は電気工をしながら小説を書いてきました。結婚、育児、そして離婚、転居も20回ほど繰り返しました。変わりゆく環境の中で、自らの心と身の傷、家庭の修羅を見つめてきました。この7年ほどは故郷の「杜の都」に戻り「定点観測」しながら執筆活動を続けています。地域に根ざした、貴重な「私小説作家」と言えます。「鉄塔家族」は、作者の実生活と思わせるほどのリアリティを感じました。「見慣れている風景は面白い。同じように見えて、1日として同じ風景はないから飽きることがない。鳥が鳴く日もあれば、鳴かない日もある。毎日見ていると、花がつき、枯れる、1年のサイクルもわかるし、見ているはずの自分が、鳥や植物から見られているような感じにもなってくる」と、佐伯一麦は言います。

 

佐伯一麦の「空にみずうみ」は、2014年6月23日から2015年5月26日まで、「読売新聞」夕刊に連載した作品です。約11か月にわたって連載している間、ほぼ毎日、一日に一回分のペースで、主に朝の時間に書き継いだ、と佐伯は述べています。(「あとがき」より)

 

本の紹介は、以下のようにあります。

「あの日」から4年。青葉木菟(あおばずく)の啼き声や合歓の香り、月の満ち欠け。移りゆく自然とめぐり来る季節が、さりげなく前を向かせてくれる…。東北地方に住む作家・早瀬と染色家・柚子夫婦の、ある1年を綴る。
〈解説〉小山田浩子
 
また、他にも以下のようにあります。
著者を彷彿させる作家の早瀬と妻の染色作家・柚子、東北地方に住む夫婦の、「震災三年後」の一年間を描く。豊かな自然、さまざまな生き物の気配、近所の人々との交流、梅干しを漬けたり草むしりをしたり……という何気ない日々の生活。大きな事件は起こらない。しかし、その「何気ないこと」が続いていく日常の大切さが伝わってくる作品。
 
作者はずっと自分の人生や生活と重なる作品を書いてきた。だから、「日常」を書くというのは作者のこれまでの作品と共通する姿勢ではある。が、本作ではそれらよりさらに細やかな描写、現実離れして感じられるほどもの柔らかい会話が選択されているように思える。それによって、作者の、自分はこうして(どんなことがあろうとも)「日常」に淡々と向かい続けるのだ、それを作品にし続けるのだ、というむしろ激しいほどの決意と努力をも読者は感じることになる。震災を克服すべきものとして対峙するのではなく、顔を背けるのでもなく、目を向け耳を傾けじっと向き合い続ける。・・・人生に世界に一つ一つ向き合い受け止めそれを言葉にしている年上の知人からそっと、静かでありふれているかもしれないけれどとても美しい豊かなものを手渡されたような作品である。
(「解説 今年も花が」小山田浩子より)

 

佐伯一麦:

一九五九年、仙台市生まれ。八四年、「木を接ぐ」で海燕新人文学賞を受賞し、作家デビュー。九〇年、『ショート・サーキット』で野間文芸新人賞、九一年、『ア・ルース・ボーイ』で三島由紀夫賞、九七年、『遠き山に日は落ちて』で木山捷平文学賞、二〇〇四年、『鉄塔家族』で大佛次郎賞、〇七年、『ノルゲ』で野間文芸賞、14年、『還れぬ家』で毎日芸術賞、『渡良瀬』で伊藤整文学賞を受賞。他に『光の闇』『麦主義者の小説論』など著書多数。

 

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