平野啓一郎の「透明な迷宮」を読んだ! | とんとん・にっき

とんとん・にっき

来るもの拒まず去る者追わず、
日々、駄文を重ねております。

hirano1


「僕たちの運命は、どうしてこんなに切なく擦れ違ってしまうのだろう──」
深夜のブダペストで、堕落した富豪たちに衣服を奪われ、監禁されてしまった日本人カップル。「ここで、見物人たちの目の前で、愛し合え──」あの夜の屈辱を復讐に変えるために、悲劇を共有し真に愛し合うようになった二人が彷徨い込んでしまった果てしない迷宮とは? 美しく官能的な悲劇を描く最新小説集。


今年の4月に国立西洋美術館で、「非日常からの呼び声」を観ました。「平野啓一郎が選ぶ西洋美術の名品」ということで、通常の展覧会とは一味も二味も違った展覧会だったからにもよります。その展覧会で久しぶりに平野啓一郎の名を聞き誘発されて、平野啓一郎の「決壊(上・下)」(新潮文庫:平成23年6月1日発行)を読みました。平野の作品は、1999年、現役京大生として芥川賞を受賞した「日蝕」を読み、続けて「一月物語」や「高瀬川」を読んだことがありました。しかし、その後はなぜか読むことがなくなりました。


平野啓一郎の「透明な迷宮」を読みました。装画はエドヴァルド・ムンクの「接吻」(国立西洋美術館蔵)です。「接吻」は、「非日常からの呼び声」にも出されていました。平野は、ムンクは長らく関心のない画家だったが、彼の版画を見るようになって、俄然好きになった、という。図録では、「透明な迷宮」を書いたとき、この絵から霊感を得た場面を挿入した、とあります。「彼らの一瞬は、永遠へと飛躍しない。しかし退屈した永遠が、酔狂に、こんな取るにも足らない一瞬に身をやつす、ということはあるのだった。」


「透明な迷宮」は、7年ぶりの作品集で、6つの中短編を納めた小説集です。


他人の筆跡を完璧に模倣できる能力を持った郵便配達員が、集配したはがきを模写して、本物を自分が持ち、複製ハガキを配送し続けていたという「消えた蜜蜂」。ハワイで人探しをしている男、依頼人は捜してほしい人間の情報を言わない。女からは存在しない人間を探している、と言われる「ハワイに捜しに来た男」。


ブタペストで日本人男性が一人の女性と出会い、監禁された古い館に監禁され、「日本式の愛し合い方」を衆人注視の中で強要される。帰国して二人は東京で出会うが、女性は一卵性双生児で、ブタペストの女性の妹だったという「透明な迷宮」。父親が亡くなり、遺品を整理していると新聞紙に包まれた銃弾入りの拳銃が出てきた。老姉妹と姪が拳銃の処理について考え、関門海峡を渡る船の上から海に投げ捨てることを思いつく家族劇「family affair」。


人間の女性の体よりも、火や炎にしか性的欲望を抱けない和菓子屋の二代目の男、女性との交わりを捨て、自分の周りにアルコールランプ、ろうそく、ライターの火を燃やして恍惚境に浸る「火色の琥珀」。そして最も長い作品、交通事故がきっかけで愛する女性を失い、時間間隔が狂った劇作家で演出家の苦悩とあきらめを、依頼された若い知人の小説家が小説に仕立てていくという「Re:依田氏からの依頼」。


どれも「突飛」「奇怪」「不可思議」など、あるいは「幻視」「妄想」「エロティシズム」など、そして「姉妹」、いかにも平野が好みそうな、虚構に満ちた物語ばかりです。僕は特に表題作「透明な迷宮」の、以下の箇所にこの小説の「非日常からの呼び声」が聞こえるように思いました。


玄関のドアを開けて、彼はミサと向かい合った。すると、彼女は、彼の目の前で二人になった。それは幻想的な一瞬で、岡田はゾッとして目を瞠ったが、何が起きているのかは、不思議とすぐに理解した。それが、彼の人生が被った嘲弄のの仕上げだった。ミサは、双子の姉妹だった。独りは、岡田がブタペストで会った「美里」。もう一人は、彼が半年の間、関係を持ち続けた「美咲」。


本の帯には、平野啓一郎が語った、次のような個所が載っています。

ここ数年、「分人」という概念を使って、今のこの新しい時代の生き方を考えてきた。前作「空白を満たしなさい」で、それが一区切りついて、わたしはしばらくぼんやりと、日常の束の間、忘れさせてくれるような美しい物語に思いを馳せていた。「ページをどんどん捲りたくなる」小説ではなく、「ページを捲らずに」いつまでも留まっていたくなる」小説。幾人かの、愛を求めて孤独に彷徨う人の姿が、私の心を捕えた。そして、私たちが図らずも出会い、心ならずも別れることとなる、この「透明な迷宮」を想像した。


平野啓一郎:
1975年愛知県生れ。北九州市で育つ。京都大学法学部卒。大学在学中の1999年、「新潮」に投稿した「日蝕」により芥川賞を受賞。以後、数々の作品を発表し、各国で翻訳紹介されている。著書に『日蝕』、『一月物語』、『葬送』、『滴り落ちる時計たちの波紋』、『決壊』、『ドーン』、『かたちだけの愛』、『私とは何か―「個人」から「分人」へ―』、『空白を満たしなさい』などがある。

hirano2

「非日常からの呼び声

 平野啓一郎が選ぶ西洋美術の名品」

図録

編集:渡辺晋輔(国立西洋美術館主任研究員)
執筆:平野啓一郎

    国立西洋美術館学芸課

発行:国立西洋美術館

    西洋美術振興財団






過去の関連記事:

平野啓一郎の「決壊(上・下)」を読んだ!
国立西洋美術館で「非日常からの呼び声」を観た!