東京国立近代美術館で「生誕100年 ジャクソン・ポロック展」を観た! | とんとん・にっき
2012年03月05日 23時51分04秒

東京国立近代美術館で「生誕100年 ジャクソン・ポロック展」を観た!

テーマ:ゲ~ジュツ見てある記
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東京国立近代美術館で「生誕100年 ジャクソン・ポロック展」を観てきました。観に行ったのは先月、2月21日(火)でした。開館60周年を迎える東京国立近代美術館が総力を挙げて開催する展覧会で、今まで何度も試みたのにもかかわらず実現しなかったという日本初の「ポロック回顧展」です。MoMA、テート他の代表的コレクションから粒よりの傑作が集まったという。とりわけ1976年パーレビの時代イランに所蔵され、門外不出だった「インディアンレッドの地に壁画」の出品は特筆すべき幸運だったと、美術館は述べています。


チラシには、以下のようにあります。約70点を集める「ポロック展」は4章から構成され、内面を吐露するような初期、ヨーロッパの前衛美術を消化し表現を拡大する形成期、ポーリングやドリッピングといった独創的な技法を得て、圧倒的な大画面を完成させる成熟期、迷いながら模索を続ける晩年、それぞれの代表的作品が出品されます。


ポロックの作品が日本に初めてやってきたのは、1951年の第3回読売アンデパンダン展。その時展示された2作品、「ナンバー7, 1950」(ニューヨーク近代美術館所蔵)と「ナンバー11, 1949」(インディアナ大学美術館所蔵)は、今回の「ポロック展」でなんと60年ぶりに再来日しています。


ポロックについては、映画「ポロック 2人だけのアトリエ」を観たときに、以下のように書きました。


アメリカの現代アートは、幾何学的抽象主義のアート、抽象表現主義のアート、そしてポップ・アート、この三様の流れに整理されます。現代アートのフロンティアというと、「ウイレム・デ・クーニング」、「ジャスパー・ジョーンズ」、「アンディ・ウォーホール」、「ロイ・リクテンスタイン」、等々、まだ他にもいますが、などの名前があげられます。しかし、まず始めに「ジャクスン・ポロック」(1912-1956)が出てきます。オランダの画家モンドリアンは、単純明快な矩形と線、数少ない色彩を組み合わせた幾何学的な造形で作品を形づくります。一方、ワイオミングの農家に生まれたポロックは18歳でニューヨークにやってきます。ポロックの生みだしたものは「不定形(アンフォルメル)の世界」、無制御で、混乱そのものを表現します。まったくモンドリアンとは対称的、対立的です。


ポロックは、11歳の頃に右手人差し指の先を切り落とすという事故に遭います。それが芸術家を志した少年にコンプレックスをもたらしたとも言われています。また、15歳の頃から強い飲酒癖をもっていて、しばしば専門医の治療を受けていました。ポロックの絵は、巨大なキャンバスを床にとめて、彼は四方八方、360度すべての方向から立ち向かいます。使われる絵の具は油彩に限らず、ペンキやエナメル、アルミニウム塗料、等々、棒や鏝によって、あるいは塗料缶に開けられた穴から滴り落とされ、振り撒かれ、上下左右も定かでないペイントの充満した世界をつくりあげます。多様なように見えて、実は均質な画面です。


「私が自分の絵のなかにいるとき、自分が何をしているのか意識していない。私が何をしていたかが分かるのは、一種のしっくりとして事態がきた後である」と、ポロックは語っています。「しっくりとした」事態がくるまで、肉体のなかに霊感を持続させ、そして彼の全神経、全細胞が一気に爆発し、画面に挑みかかります。写真家ルドルフ・ブルックハルトが1950年にポロックを撮影した写真が残っているという。38歳にして頭髪は抜け織り、頬はそげ、額には深い皺、窪んだ眼孔の顔が写し出されているという。その写真から6年後、ポロックは自動車運転中に事故死します。


展覧会の構成は、下記の通りです。

Chapter1 1930-1941年 初期 自己を探し求めて

Chapter2 1942-1946年 形成期 モダンアートへの参入

Chapter3 1947-1950年 成熟期 革新の時

Chapter4 1951-1956年 後期・晩期 苦悩の中で


ジャクソン・ポロック(1912-56年)
1912年、米国ワイオミング州コディ生まれ。一家で西部を転々としたのち、18歳の時、芸術家を志してニューヨークに出てくる。第二次世界大戦後、床に広げたキャンバス一面に塗料を即興的に流し込み、撒き散らす独自の作風を確立し、一世を風靡。ピカソ後の絵画芸術の新しい地平を切り開くとともに、モダンアートの中心をパリからニューヨークへと移動させる立役者となった。1956年、自動車事故によって逝去(享年44歳)。




Chapter1 1930-1941年 初期 自己を探し求めて




Chapter2 1942-1946年 形成期 モダンアートへの参入




Chapter3 1947-1950年 成熟期 革新の時





Chapter4 1951-1956年 後期・晩期 苦悩の中で


PHOTOGRAPHS by HANS NAMUTH



「生誕100年 ジャクソン・ポロック展」

ジャクソン・ポロック(1912-1956)の生涯はまさにアメリカン・ドリームの明暗そのものでした。1930年代ニューヨーク、不安定な精神状況とアルコール依存に苦しみながらも研鑽を積んだポロックは、著名なコレクター、ペギー・グッゲンハイムに見出され、一夜にしてヒーローとなったのです。床に広げた大きなキャンバスに絵具をふり注いで描く「アクション・ペインティング」で、彼は全米的な注目を集めます。その成功の陰には妻リー・クラズナーの多大な献身がありました。絶頂期の1950年、歴史に残る大作が何点も生まれます。しかしそのわずか数年後、彼は自動車事故で流星のように去っていきました。日本初の大規模なポロック回顧展となるこの展覧会には、初期から晩年にいたるそれぞれの時期の代表的作品を含む約70点が、海外主要美術館と国内美術館から出品されます。語られることこそ多かったものの、これまで日本では本格的な展覧会を見ることができなかった画家、ポロックの真の実像に出会える絶好の機会となることでしょう。


「東京国立近代美術館」ホームページ


とんとん・にっき-po1 「生誕100年 ジャクソン・ポロック展」

図録

編集:

愛知県美術館

東京国立近代美術館

読売新聞東京本社文化事業部

発行:

読売新聞東京本社





とんとん・にっき-gei 「芸術新潮」2012年3月号

2012年2月25日発売

定価:1400円(税込)











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