山田詠美の「無銭優雅」を読んだ! | とんとん・にっき

山田詠美の「無銭優雅」を読んだ!


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芥川賞の選考会の席上で石原慎太郎が、何度か候補になっている作者の過去の作品を持ち出して議論するのは不毛である、と言ったことに対して、選考委員は候補になった作者の必然的フォロワーになるので決して無駄なことではないと、山田詠美は反論しています。たしかに山田詠美は「沖で待つ」が受賞したときには、この作者の新人賞受賞の時に選考委員として携わり、積極的に推したことがあるので感慨深い、と述べています。


毎度、芥川賞の山田詠美の選評は、読むものを愉しませてくれます。今回受賞した青山七恵の「ひとり日和」はこうです。大人の行きに一歩踏み出す手前のエアポケットのような日々が淡々と描かれ・・・いや淡々とし過ぎて、思わず縁側で御茶を飲みながら、そのまま寝てしまいそうで・・・日常に疲れた殿方にお勧め。私には、いささか退屈。とあります。主人公は大人になりかかったアルバイト暮らしの女の子、たしかに世代が違うと言えば世代が違います。


じゃあ、1959年生まれの山田詠美の書く世界とはどんなものなのか?85年に「ベッドタイムアイズ」で文芸賞、87年「ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー」で直木賞した頃の山田詠美は、世間からはぶっ飛んだはみ出しものでした。たぶん。2005年に「風味絶佳」で谷崎潤一郎賞を受賞、いまでは押しも押されもせぬ芥川賞の選考委員でもあります。僕は山田詠美のであったのはごく最近、「風味絶佳」をまず読んで、それから「ベットタイムアイズ」を読みました。「風味絶佳」は短編集でしたが、さて「無銭優雅」、山田詠美の4年ぶりの書き下ろし長編とは、期待できるじゃないですか!


本の帯には、「心中する前の日の心持ちで、つき合って行かないか?」とありますが、死に近ければ近いほど、恋は官能的に彩られる。とはいえ、もっとあたたかいほのぼのとした作品で、帯に書かれているものから受ける印象とはほど遠い内容です。独身で両親と同居し、友人と花屋を共同経営している慈雨。予備校の教師でバツイチの栄。42歳の慈雨と栄は、人生の後半に始めたオトコイ(大人の恋!?)に勤しみます。ふたりの出会いは西荻窪のジャズ・バーです。「恋は、中央線でしろ!って感じ」。栄の家は西荻窪の古い日本家屋、おれのかみさん、首吊って死んだんだよ、と、初めて床に連れ込んだ女に、そんなことを打ち明ける栄。




まさに中年、大人になりそこねた男と女、ふたりは世界で一番身勝手に、かつ自由に生きています。なりふり構わぬ、舞い上がった中年の恋。恋愛に歳は関係ない。が、しかし、それなりの歳を食ってきた男女、その生活を保持していくためには、当然それなりの犠牲も払っています。ふたりの背後には家族や友人や仕事や生活があります。以前があるからこそ、ここに導かれたと、慈雨は言います。人生は甘くない、が、それでも人生は続きます。


生涯、もうこの人以外の男は入らないな、と思った。ここに辿り着くまでに、ずい分と無駄足を踏んだものだ。少しくたびれた、けれども清潔な布団の中で、抱き合って眠ること。この、世にも簡素な天国を知るために、長い年月をかけた。私たち、この布団のように古びている。でも、二人でなら綿内のやり方が解る。何度でも、ふかふかになれる。(P187)


最近の芥川賞候補作は、「登場するのは、心を病んだ人、物書き志望、出版社勤務、がほとんど、私はやだなー。こんな人々だけで構築されているなんてさー。とうんざりしました」。それに比して「無銭優雅」はごく普通の人たちの、普通の生活を描いています。慈雨や栄は、ホント、いい人たちに囲まれています。特に花屋の共同経営者の晴美さんとか。二人の会話が絶妙。「無銭優雅」は、文章の合間に、20ほどのやや古典的な作品からとった短いフレーズを挿入するという、珍しい試みがなされています。この意図はちょっと僕には理解できませんでしたが。短編の旗手として名高い山田詠美、長編「無銭優雅」は「すこぶる付きの美味」、果たして「恋愛小説の新たなる金字塔」になるか?


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