2005年10月22日 17時49分20秒

大森立嗣初監督作品「ゲルマニウムの夜」に期待する!

テーマ:映画もいいかも

製作総指揮は荒戸源次郎、監督は新人の大森立嗣、期待の「ゲルマニウムの夜」がいよいよ上映されますね。第18回東京国際映画祭コンペティション部門に出品され、10月22日、25日、28日と3日間に渡って「 VTC 六本木」で上映されるようです。ん?今日からですよ、今日から



あらすじはこちら。
教会の教護院に舞い戻ってきた主人公・朧。冒涜の限りを尽して、宗教を試す。ゲルマニウムラジオの透明なイヤホンから神の囁き。なぜ、生の中に閉じ込められているのか。その答えなど無いことが分かっているのに。ただ別の思いは薄らと漂う。“生きることは喜びに満ちている”その喜びには傷つくこと、痛むこと、苦しがり、そして苦しがらせること、絶対に逃げ切れない虚しさも含まれている。でもなぜだか希望を感じてしまう。それが何で、どこに続くかは誰にも分からないのに。「ゲルマニウムの夜」HPより



映画監督にはどうしたらなれるのか?かつて大手五社の映画会社が華やかなりし頃は、それなりの監督への道筋がありました。たとえば松竹三羽烏大島渚吉田喜重篠田正浩らは、松竹という大会社の中で、競って脚本を書き巨匠について学び、少しずつ階段を登っていきました。そして、看板女優と結婚し、実績を積み、独立の道を歩みました。そのようなシステムが無くなった今の時代、監督になろうとしても、そう簡単ではありません。名の売れた監督の元で長い間下積みをしたとしても、監督になれる保証はありません。



大森立嗣1970年生まれ。まだ34 歳の若さです。父親は舞踏家で「大駱駝艦」の創始者である麿赤兒、弟は俳優の大森南朋阪本順治監督、井筒和幸監督らの作品に助監督として参加し、2003年、「赤目四十八瀧心中未遂」(荒戸源次郎監督)の製作に携わります。2005年、満を持して「ゲルマニウムの夜」で初監督のチャンスがめぐってきました。そして、作り上げました。東京国際映画祭のコンペティション部門に出品されました。とはいえ、結果はまだ出ていません。今後、この映画がどう評価されるかにかかっています。現在の日本の映画風土の中で、荒戸源次郎に認められて映画作りをまかされることは、希有な才能でなければならないはずです。期待していいでしょう。成功を祈る!



さて、上映方式が通常の映画とは異なり、荒戸源次郎は独自の方式をあみ出しました。2005年12月中旬より東京国立博物館内に特設映画館「一角座」にて上映予定となっています。「一角座は映画の作り手による観客のための映画館だ」と、荒戸は宣言します。「ゲルマニウムの夜」は国内では一角座でしか上映しません。ですから、通りがかった映画館にブラリと入るのではなく、観たい人は、日本中からわざわざ一角座へ足を運んでいただきたいと、言います。このような方式は、日本の映画界ではほとんど他に例を見ません。



「ゲルマニウムの夜」を完成させた類い希なる才能者である大森立嗣は、こう言います。「あなたの理性や倫理、善悪で測れないものは沢山ある。世界=映画はあなたを優しく包み込む友達ではない。そして、わたしやあなたや人間がいなくなっても世界は続く。映画「ゲルマニウムの夜」を理性の歴史に委ねることはできない。慈愛あふるる神にではなく悪魔の手に委ねるしかないのだ。」と。


*「ゲルマニウムの夜」HP  


*過去の記事:芥川賞作品「ゲルマニウムの夜」映画化

          花村萬月の「ゲルマニウムの夜」
          “赤目”を体感せずして日本映画を語る勿れ

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2005年10月15日 01時00分00秒

テレビの深夜放送で「タクシードライバー」を観た!

テーマ:映画もいいかも

僕が初めてニューヨークへ行ったのが1972年でした。ちょうど4年に一度の大統領選挙の真っ最中で、ベトナム反戦を唱えた民主党のマクガバン候補のチラシやポスターが、ニューヨークの街に氾濫していました。ベトナム反戦運動が各地に拡大、次第に法を無視して過激化していました。共和党から出馬して1968年に大統領に当選したニクソンはベトナム戦争を推進することを掲げて、1972年には民主党のマクガバンを大差で破って再選を果たします。過激な反戦グループが民主党の反戦候補マクガバンと手を結ぶことを警戒し、民主党本部に盗聴器を仕掛けます。72年6月17日に起きたウォーターゲート事件でニクソンは、1974年8月8日に大統領を辞任することになります。



つい先日、テレビの深夜放送で、1976年公開の「タクシードライバー」を観ました。ほぼ30年も前の映画です。今から考えると、僕がニューヨークへ行った時が、「タクシードライバー」の映し出すニューヨークの政治的社会的な状況や街の風景と、ほぼ一致していたことが調べてみてわかりました。実は僕が「タクシードライバー」を初めて観たのは、つい4~5年ほど前です。どうして公開時に観なかったのか、1974年公開の「ゴットファーザーPART2」は公開時に観ているのに、なぜ観なかったのかはまったく記憶がありません。いずれにせよ、この4~5年の間に、「タクシードライバー」は3~4回は観ていて、そして今回です。


タクシー運転手のトラビスは、大統領候補の選挙運動員ベッツィに心を惹かれる。だがデートは失敗。そんな折、トラビスは13歳の売春婦アイリスと出会い、足を洗うよう説得する。トラビスは使命を感じ、アイリスのいる売春宿に向かったのだが。ニューヨークの夜を走る1人のタクシードライバーを主人公に、現代都市に潜む狂気と混乱を描く。ベトナム帰りの青年トラヴィスをロバート・デ・ニーロが演じ、世界の不浄さへのいらだちを見事に表現した。トラビスの強烈な個性は、70年代を代表する屈折したヒーロー像となった。監督は、マーティン・スコセッシ。ホームタウンのニューヨークを舞台に、先鋭な人間ドラマを作りあげた。



ベトナム戦争の後遺症が色濃く覆っている70年代のアメリカ社会がもつ閉塞感。トラビスがタクシーの中から夜のニューヨークで見るものは、売春婦、娼婦、ヤクザ、ホモ、オカマ、麻薬密売人、等々。鬱屈したトラヴィスが「ここを飛び出して何かをやりたい」という気持ちを同僚に相談すると、「俺達は、所詮、負け犬だ。一体何が出来る?なるようにしかならない」と一蹴されてしまいます。それを激しく否定しつつ、孤独な彼は日記をつけながら、この世の中の悪や不正に力をもって立ち向かいたいと考えるようになります。


彼は生活のすべてをそれの実現に向けて準備を進めます。4丁の銃を買い、毎日身体を鍛え射撃の訓練をする。大統領候補バランタインの演説会場に姿を現したトラビスは、サングラスをかけ、頭はモヒカン刈りです。不審な動作をシークレット・サービスに見破られ、追われることになります。逃げ込んだのは売春を行っているアパート。そこでの銃撃戦。恐怖に震える少女アイリス。血がついた手を銃のようにして3回こめかみを撃つ動作をします。トラビスは死んだように動きません



重傷を負った身体も回復し、その後、トラビスの部屋には新聞記事の切り抜きと、アイリスの両親からの手紙が貼られていた。「英雄、タクシードライバー、ギャングと戦う」。トラビスは、ギャングに売春をさせられていた少女を救った英雄となっていました。トラビスは、何ごともなかったように、タクシードライバーとして、ニューヨークの夜の街を流すのでした。


何度観ても素晴らしいとしか言いようのない映画です。ロバート・デ・ニーロの魅力が集約されて出ています。世の中の不条理に立ち向かうアウトローのニヒルな姿は、なぜか成熟した演技の「ゴットファーザーPART2」より前の作品としか思えません。幼い売春婦役のジョディ・フォスター未来の大器を思わせる演技を既にこの作品で出しています。マーティン・スコセッシ監督、タクシーの乗客役で顔を出してますが、この作品が後の「ギャングオブニューヨーク」の布石となっていたのでしょう。1970年代の大都会ニューヨークと、鬱屈した若者の心理を見事に描いた作品は、この作品をおいて他にはありません。

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2005年09月25日 00時03分00秒

「蝉しぐれ」をいち早く試写会で観た!

テーマ:映画もいいかも

なんと、今までなんの景品がついたことがない「朝日新聞」から、初めて映画のお誘いがありました。藤沢文学の最高傑作と呼び声高い「蝉しぐれ」という映画です。「東京都ASA連合会」という新聞販売店の組織が、映画製作に資金の一部を提供したようです。さっそくFAXで申し込むと、間髪をおかず、招待券を2枚、届けてくれました。会場は近くの区民会館でした。これがよく言うところの「試写会」というやつなんですね。


藤沢周平が唯一映像化を認めた鬼才・黒土三男は、一切の妥協を許さない脚本作りに取り組み、構想から15年の歳月をかけ、小説以外では表現できないと言われた透明感を見事に映像化しました。と、チラシにあります。実はこの「蝉しぐれ」は、2003年8月からNHKで金曜時代劇で放送されたようで、その時の脚本も黒土三男が担当しました。第1話「蝉しぐれ/嵐」がモンテカルロ国際テレビ祭・ドラマ部門のグランプリを受賞した経歴があるそうです。どうして映画化されたのか、詳しい経緯は不明ですが、黒土監督自身が、「テレビでは表現できない『蝉しぐれ』の空気感と透明感を表現することができた」と語ったそうです。



近年、「時代劇」がブームと言われています。数多くの時代劇が製作されていますが、なかでも山田洋次監督の「たそがれ清兵衛」と「隠し剣 鬼の爪」は、原作が藤沢周平です。藤沢周平は文章の名手と称される作家です。故人となって10年近い月日が経ってもなお、評価が高まっているそうです。「蝉しぐれ」は、発表後17年経っても人気が衰えず、120万部を超えるロングセールスを記録し続けているようです。ブックオフでも、国内の一般小説とは別に、時代小説は分けていますね。でも、僕は時代小説はほとんど読みませんので、藤沢周平がどんな作家であるかはよく分かりません。


舞台は東北の小藩「海坂藩」。下級武士である養父の元で成長する牧文四郎。父は藩の派閥抗争に巻き込まれ、冤罪によって切腹を命じられる。その後、謀反を起こした父の子として数々の試練が待ち受けるが、幼なじみたちの助けと、剣の鍛錬によって日々を質素に、そして懸命に、母とともに生きる。ある日、筆頭家老から牧家の名誉回復を言い渡される。しかし、これには深い陰謀が隠されていた。文四郎は、藩主側室となり派閥抗争に巻き込まれた初恋の人・ふくを命懸けで助け出すことになる。その時、海坂藩には、悲しみをつんざく蝉の声が、いつまでも鳴き響いていた・・・。



おふく役の木村佳乃が、品があって素晴らしい。大した演技をしているわけではありませんが、ただいるだけでその存在感が伝わります。いわゆる空気感透明感とはこの人のためにある言葉のようです。文四郎役は市川染五郎は「それなり」でしたが、存在感のある脇役が凄い。緒方拳が出ているのはどうしてなのか判りませんが、原田美枝子、大地康雄、加藤武、柄本明、田村亮、大滝秀治、等々。そうそう、今田耕二とふかわりょうは、まあまあの演技でご愛敬。文四郎・ふくの子供時代を演じたのは映画初出演の二人、石田卓也佐津川愛美、重要な役を瑞々しく演じていました。


20年ぶりで再会した文四郎とおふくが静かに語り合います。「文四郎さんの御子が私の子で、私の子どもが文四郎さんの御子であるような道はなかったのでしょうか」。藤沢文学で最も有名な場面だそうですが、新聞連載時にはこの部分がなかったそうです。単行本化に際して大幅に加筆されたようです。また、3ヶ月前までは「朝の蝉」という題名だったとか、構想メモの段階ではヒロインの名は佐久、新聞連載時にふくに決まったそうです。折しも世田谷文学館で藤沢周平の文業と生涯をたどる「藤沢周平の世界展」が開催されています。「蝉しぐれ」執筆の興味深い舞台裏も、公開されているようです。



そして、風景がまた素晴らしい。山形の庄内地区には、壮大なオープンセットを作ったという。この映画も、「20年、人を想い続けたことがありますか」とあるように、分類すれば「青春映画」と言うのでしょう。「若々しさ」や「清々しさ」が作品のテーマとなっています。それともうひとつ、時代劇というと「日本人の気高さ」ですね。この手の映画は必ず、「日本人が忘れていたものを思い出させる」となってしまうのですが、そうなると、やや陳腐になります。


そうそう、映画のイメージソングは 一青窈(ひととよう)の「かざぐるま」です。22日の夕刊には全面広告が載っていました。コメントしている人たちは、どこかの会社のエライさんばかり。映画のHPにも、同じコメントが載っていました。こうまでされると興ざめの感は否めません。「蝉しぐれと、藤沢周平の世界」という文春ムック本も発売されています。しかし、本年度ベストワンの呼び声がどこからともなく聞こえてきます。10月1日から東宝系で公開されます。是非、ご覧になってみてはいかがでしょうか。


「蝉しぐれ」公式HP

世田谷文学館HP

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2005年09月17日 13時42分50秒

芥川賞作品「ゲルマニウムの夜」映画化

テーマ:映画もいいかも

きました、きました、待ちに待っていた情報が!なんと、どなたかは存じませんが、荒戸作品に興味を熱望される気持にお答しますとして、「ゲルマニウムの夜」の関係者試写会が行われ、関係者の1人として鑑賞しましたが、想像を絶する素晴らしさ驚嘆と衝撃を受けたとありました。詳細は別項 に譲るとして、僕が想像していた通りにことが進んでいるようで、本当に嬉しい限りです。以前「ゲルマニウムの夜」の映画化について、僕の記事に情報をお寄せいただいた方にトラックバックしたり、「赤目四十八瀧心中未遂」を観て感動したという知人にそのことをメールで伝えたりして、今朝はウキウキしていました。そして、なんとまた、今朝、ネットでニュースを見ていたら、下記のような「スポーツニッポン」の記事があるではないですか。これには驚きました。いずれにせよ、11月26日に公開される予定なので、一番乗りで観に行きたいと思っています。以下、「スポーツニッポン」の記事を全文掲載します。



作家・花村萬月氏の芥川賞受賞作「ゲルマニウムの夜」が映画化された。一昨年「赤目四十八瀧心中未遂」で話題をさらった荒戸源次郎氏(58)が製作総指揮に当たり、舞踏家で俳優としても活躍する麿赤兒(62)の長男・大森立嗣(35)が初監督に挑んだ。荒戸氏は東京・上野の東京国立博物館敷地内に「一角座」と命名した劇場を建設、既成の上映システムにとらわれない形態で一石を投じる。芥川賞の選考にあたった委員たちに「まさに冒涜(ぼうとく)の快感を謳(うた)った作品」と言わしめた「ゲルマニウムの夜」。殺人を犯し、育った修道院兼教護院に舞い戻った青年・朧の日々を描いた衝撃的な内容が話題を呼んだのは7年も前になる。映像化不可能ともいわれてきた小説に、あえて挑んだのは荒戸氏だった。しかも、大森立嗣という新人にメガホンを委ね、主役にも初主演となる新井浩文(26)を起用して、2月にクランクイン。完成した作品は、原作の持つ危険なにおいをストレートに投影し、また、おくすることのない描写の数々が心にズシリと響いてくる。


佐藤慶(76)、石橋蓮司(64)、広田レオナ(42)といったベテランも大森監督の振るタクトに身をささげた。父、そして弟にも俳優の大森南朋(33)を持つ監督は「こういう感じに撮ればお客さんが入るんじゃないか、といった迎合型の映画が最近やたらに目についた。だから、自分の映画を作ろう、と自由にやらせてもらった」と振り返る。「赤目」や崔洋一監督の「血と骨」などで実力を養ってきた新井とは10代からのつきあい。「あうんの呼吸」と監督が言えば、新井も「何か身内みたいな感じ。うまく言えないけれども共通の言葉を持とうぜ、と誓って入った現場はとてもやりやすかった。石橋さんやベテランの方たちにも、全然遠慮なしの演出にはすごみも感じました」と語った。メディアプロデューサーの羽仁未央さん(40)が海外への紹介役を引き受け、またネット配信やさまざまなイベントも企画。ゲルマ祭りの趣きで11月26日に公開予定だ。


≪国立博物館そばに専用上映館≫荒戸氏がみたび動いた。東京タワーの下に可動式のドーム劇場を建て、鈴木清順監督の「ツィゴイネルワイゼン」を上映したのが1980年。阪本順治監督の「どついたるねん」を原宿駅そばで公開したのは89年のことだった。あれから16年。今度は東京国立博物館の西門そばに「一角座」を建てる。もちろん「ゲルマニウムの夜」を上映するためだけの劇場だ。収容人員は約150人。「ユニコーンからというより、イッカククジラが名前の由来」と荒戸氏は説明。「未公開の映画が100本を超えている。作りっぱなし、産みっぱなしの製作側に問題はないのか。未公開の作品が増えると、配給側も映画を吟味しなくなる。映画を映画として扱わない配給側に問題はないのか。製作・配給・劇場を一貫させることで、そんな現状に一石を投じたい。最短でも半年間のロングランは約束します」と荒戸氏は強調した。
スポーツニッポン:- 9月17日


「ゲルマニウムの夜」
著者:花村萬月
1998年9月20日第1刷
発行所:文芸春秋







過去の記事:花村萬月の「ゲルマニウムの夜」
         “赤目”を体感せずして日本映画を語る勿れ

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2005年09月01日 00時03分00秒

「メッセージ・イン・ア・ボトル」を観た!

テーマ:映画もいいかも

いま、BS2でジュリエット・ビノシュの「ショコラ」を見終わったばかりです。ジュリエット・ビノシュはいろいろ観ましたが、なんと言っても「ダメージ」ですね。その話をすれば、際限なく長くなるので止めにしておきます。もう何度となく観た映画ですが、朝、新聞の予告欄を見たら、なんと、ジョニー・デップが出ていると書いてあるんですね。なにしろ僕は、ジョニー・デップは「ネバーランド」で初めて観たとずっと思っていたんですが、そんなわけで確認のためもあって観たわけですけど、いつ観ても気持ちのいい映画ですね。そうそうフランスの映画かと思っていたら、英語で話していましたね。


ショコラ」はまた別の機会に書くとして、これから書くのは、2、3日前に、やはりBS2で観た1999年のアメリカ映画「メッセージ・イン・ア・ボトル」です。何年か前に話題になったという記憶はあるんですが、まさかケビン・コスナーが主役で出ているなんて知りませんでした。そしてなんと、ポール・ニューマンがその父親役で出ているんですね。これがまたいい味を出しているんですね。若い頃のポール・ニューマンもいいですが、歳をとってからの方がもっといい男になっていますね。


そして、なんともはや、原作者が「きみに読む物語」と同じ人だったんですね。どおりで同じような大人の恋愛映画だと思いましたよ。ニコラス・スパークスというんだそうです。「きみに読む物語 」は、「マディソン郡の橋」を越えて、全米1200万人が愛に震えたという映画でした。泣かせる勘所を巧く捕まえているんですね、この作者は!「メッセージ・イン・ア・ボトル」の方は、「きみに読む物語」ほど話が入り組んでいません。わりとストレートです。こちらも負けずと、「マディソン郡の橋」を超える大人のラブストーリーとして全米を泣かせた感動作、とありますが。ということは、この手の映画の基準はなんと言っても「マディソン郡の橋」なんですね。



調査員として新聞社で働くテリーサは海岸でジョギング中、手紙の入ったボトルを拾う。それは亡くなった女性にあてた誠実で愛情に満ちた手紙であった。手紙に感動したテリーサだったが、新聞社が勝手に手紙を新聞に載せてしまったことで読者の反響が大きくなり、自らその手紙の書き主に会いに、彼の街へ出かける。そこでテリーサは手紙の持ち主ギャレットと知り合い、恋に落ちるが、彼女は手紙のことを話せないでいたのだった。


大人の恋愛映画もいろいろありますが、ケビン・コスナー船大工?で、前の奥さんのしがらみから抜けきらない、素朴で不器用な生き方の男を上手く演じています。地味なこんな役もやるんですね。それを叱咤激励する親父役ポール・ニューマン、これは抜群にいいですね。一方は漁村の野暮ったい船大工で、一方が一流紙の記者というか調査員という、まあ、都会のキャリアウーマンですね。ありがちな設定ですが。しかも、遠距離恋愛ときているので、はらはらやきもきさせるのも、こういう映画の常套手段ですね。出会いから愛が生まれるまでの展開が、描き切れていないという声もありますが、二人は恋をしちゃったんだから仕方がない、と思わなくちゃ。


でも、最後がよくない。ケビン・コスナーが嵐の海で人を救助するために、自分の命を落とす最期は納得できない。どうせならハッピーエンドで終わって欲しかった。死んでからでは、ボトルの手紙に何が書いてあろうと遅すぎます。ケビン・コスナーの相手役、離婚したばかりで、一人息子を懸命に育てる女性記者役のロビン・ライト・ペン颯爽と歩く姿が素敵ですね。初めて見た女優かと思ったら、なんと「フォレストガンプ」に出ていたんですね。風景はすばらしく、海もヨットも美しい。映画館の大きなスクリーンで観たかったですね。久しぶりに上質の大人の恋愛映画を観ましたよ。って、いつも、その手の映画しか観ていないんじゃないの、という声が!


関連記事:あなたは「きみに読む物語」を観ましたか?

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2005年07月31日 00時03分00秒

「微笑みに出逢う街角」を観た!

テーマ:映画もいいかも

先日観た映画「故郷の香り」の予告編でやっていたこの映画、ソフィア・ローレンの顔が凄く素敵に見えたので、是非とも観たいと思い、観に行ってきました。昔のギラギラ光った感じとはまったく違い、すっかり油っけの抜けた、という表現がいいのかどうか分かりませんが、歳を重ねた分、円熟味を増して柔らかくなったような気がしました。内面からにじみ出るような新たな魅力が出てきたように思います。その映画は、ソフィア・ローレンの記念ずべき100作目の「微笑みに出逢う街角」という映画でした。原題は「Between Strangers」ですから、たぶん「見知らぬ人の間で」というような意味ですね。


フィレンツェへの夢を諦めきれない日曜画家の主婦オリビア。世界デビューを約束された若きフォトグファーのナタリア。国際的チェリストのキャサリン。オリビアは夫ジョンとの平和な生活の中に、諦めきれない夢と誰にも言うことが出来ない秘密を抱え、成功を約束されたナタリアは自分の歩むべき道を模索していた。そして、キャサリンは幼い頃の傷を消せずに、夫と娘と向き合えずに毎日を過ごしている。トロントを舞台に、一片ずつのピースが織り成すように重なり合う3人の女性達の物語。決して輝きを失うことのなかったあの頃の微笑みを探して、彼女達は今、自分の幸せの場所を求めて歩みだそうとしている。


立場も世代もまったく異なる3人の女性の物語です。というと、「めぐりあう時間たち」を思い出しますが、それとはちょっと違います。それぞれがそれまでずっと抱えてきた心のわだかまり、それは、絵を描きたいという子どもの頃からのや、父親と子どもとの家族のあり方や、写真家としての成功を素直に喜べずにいる自分の今後の進路の迷いなど、三人三様ですが、それぞれに答えを出して、人生の新たな局面に踏み出していくというものです。


それぞれに何らかのかたちで「」が関係しています。オリビアには横暴な足の不自由な夫、ナタリアは功なり名を遂げた俗物の著名な写真家の父親、そしてキャサリンは刑務所に服役していた父親と、向き合うことの出来ない。決して一方的ではない、優しさも僅かながら持ち合わせた男たちなのですが。それまでまったく出会うことのなかった三人が出会うのは、最後の最後の場面、これから旅立とうとする飛行場の待合室で、飲み物を持ち寄って同席した小さなテーブルです。そのテーブルの前にいた女の子の笑顔を見て、三人が同じように笑い合う、ただそれだけです。子どもの笑い声が聞こえ、余韻を残してこの映画は終わります。


3人の女性達を演じるのはソフィア・ローレンと、足が長くてスタイルのいいミラ・ソルヴィーノ、そして、知的な顔立ちのデボラ・カーラ・アンガーです。ソフィア・ローレンは決して出過ぎず、むしろ控え目な演技に終始します。そうそう、忘れてならないのは、庭師役のジェラール・ドパルデューがオリビアを慰め励ます公園でのシーンが素晴らしい。僕はずいぶん昔に観た「グリーンカード」を思い出しました。決していい男でも何でもないんですが、あの全身から漂う暖かさには脱帽です。ソフィア・ローレンの記念すべき100作品目のこの映画「微笑みに出逢う街角」は、ソフィア・ローレンの次男、エドアルド・ポンティが監督したものです。

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2005年07月11日 00時03分00秒

映画「故郷(ふるさと)の香り」を観た!

テーマ:映画もいいかも

故郷の香り 」は、「山の郵便配達 」(1998年)のフォ・ジェンチイ監督の最新作です。「山の郵便配達」は、中国湖南省の山岳地帯の自然を背景に、険しい山道をひたすら歩く郵便配達員の父と、その仕事を受け継ぐ息子の父子の絆を描いた素晴らしい作品でした。僕は本も購入して読みました。この二つの作品の間に2002年「ションヤンの酒家 」という作品があるのですが、僕は残念ながら観ていません。



ジンハーが10年ぶりに故郷の村に帰ってきた。大学に合格して以来、一度も村には戻らず、今では北京に妻も子どももいるジンハーだが、恩師のもめごとを解決するために戻ってきたのだった。用をすませ、すぐに北京に帰るつもりだったジンハーだが、村の橋で初恋の人・ヌアンに再会する。思わず彼女を呼び止めたものの気が動転したジンハーは、唐突に「僕を恨んでる?」と口走る。「恨みたいのはこの天気だけよ」悠然と川の水で汗を流すヌアンは、無愛想な口調ながらも、そのうち夫と子供と暮らす家を訪ねてくれと誘う。片足を引きずって歩くヌアンの後ろ姿を見つめながら、ジンハーは気付く。長い間帰らなかったのは、彼女に会うことも、そして会えないことも、怖かったのだということに。



翌日、彼はヌアンの家を訪ねる。ヌアンはいまは耳と口が不自由なヤーバと結婚しており、6歳になる娘がいた。学校にも行けず、早くからアヒルの群れを引き連れて働いていたヤーバの、相変わらず粗野な態度に接して、「他に相応しい人はいなかったの?」と聞いてしまうジンハー。ジンハーはヌアンと2人で学校に通った昔を思い出す。2人で乗った村のブランコ。村にやってきた劇団員に恋するヌアン、それに嫉妬する自分。そして2人とも失恋したこと。ブランコに一緒に乗っているヌアンに、自分の思いを告げたことなど。テレビもない殺風景な家だったが、ヌアンが採れたばかりの瑞々しい野菜や卵で作った手料理が出来上がると、そこには温かい家庭の食卓があった。



一生に一度の出来事「初恋」、まだ恋とはなにかを知らない幼い男女の揺れる想い。それがかなうことは稀なことです。多くの人はその後、お互い別々の人生を歩んでいきます。やり直しがきかないのが人生、常に後悔が先に立ちます。あの時こうすればと思ってももう戻ることはありません。僅かな二人の再会の中で、10年という歳月の重みが流れていきます。北京に帰るジンハーをヌアンたちが送って行くラストシーン、それまで2人の横にいて粗野な男としてか意識されていなかったヤーバが、突然思い切った行動に出ます。その粗野な男ヤーバを演じた香川照之が素晴らしい演技でした。彼がいて初めてラストの感動があったと思います。


この映画の原作は「白い犬とブランコ
莫言(モォ・イェン)著 吉田富夫訳
発行:日本放送出版協会 定価:1785円(税込)
原作と映画はいくつかの点で異なります。
・怪我をしたのは足ではなく右目を失明
・子どもは三つ子で三人とも聾唖

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2005年06月30日 00時03分00秒

トム・ハンクスの「グリーンマイル」を観た!

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え~っ、トム・ハンクスって、あのベストセラーの「ダ・ヴィンチ・コード」に出てるんですね。2006年夏に公開のようですが。あの手の本はあまり好きではないので、読んでいません。だから、どういう役になるのかは判りませんが、ジャン・レノも出ているようです。あまり興味がないですね、こういう映画は。それにしても大スターなんですね、トム・ハンクスは、45本以上の映画に出ているんですね。まあ、僕が見たのはそのうちのたった数本ですけど。


つい最近では「ターミナル」を観ましたね。ここで過去に観たものをあげてもあまり意味はないんですが、「フォレスト・ガンプ」、これは何度か観ましたね。「ユー・ガット・メール」と「めぐり逢えたら」、メグ・ライアンがよかったからどちらも楽しい映画でした。そんなもんかな?そう「フィラデルフィア」観たんじゃないかな?そうですよ、思い出しました。エリート弁護士がエイズであることが会社に知られて、突然解雇されてしまう。会社の不当な差別と闘おうと訴訟おこす、そんな映画でした。10数キロ体重を落として役作りをしたという映画で、たしかアカデミー賞を取ったんじゃないのかな?ま、それはいいや。



先日、といっても1ヶ月前ぐらいかな、トム・ハンクスの「グリーンマイル」という映画が、テレビで放映されていたので、なんの予断もなく観ましたけれど、3時間以上もの長い映画でした。思い出しながら書いています。昔、「グリーンカード」という映画を観ましたが、なんとなくそんな映画だろうと思って見始めたら、まったく違っていました。しかも時代劇?そうではなく、1935年の頃のコールド・マウンテン刑務所での物語ですね。時代背景、まだまだ黒人差別が残っている時代なんですね、その頃は。


刑務所を描いた小説、ありましたね。辻仁成の「海峡の光」、あれは少年刑務所での刑務官と元同級生の受刑者との話でしたね。丸山健二の「夏の流れ」、こっちの方が近いかな?平凡な家庭を持つ刑務官と死を目前にした死刑囚を対比した話でしたが、だいぶ昔の作品ですからね、詳しく憶えていませんね。ん?いま気がつきました、どちらも芥川賞受賞作ですね。微妙な心理描写は小説ならではのものですが、映画「グリーンマイル」はどうでしょう?いや、そうではなくて、元々「グリーンマイル」は、スティーヴン・キングの最高傑作と言われるベストセラーの映画化されたものなんですね。原作は新潮文庫では全6冊もあるんですね。とても読む気にはなりませんが、映画は長い原作からエピソードだけを取りだして作ったものでしょう。



グリーンマイル」とはなんだ?もう皆さんご存じでしょうが、処刑室に送られる受刑者が最後に歩む緑色の「リノリウムの廊下」のことを言うんですね。そこが「生と死」の分かれ道なんですね。この作品はある死刑囚と看守の物語です。ファンタジー的な要素と、アメリカが抱える現実のやるせなさを、絶妙に組み合わせた作品だと言われています。皆さんがこの映画を観て大泣きした言いますが、僕は泣きませんでしたね。トム・ハンクスの小便の切れの悪さというか残尿感というか、彼が触れると簡単に治っちゃいますね。刑務所長の奥さん、凄い演技でしたが、あれだけの異常な病を彼は簡単に治してしまいます。最後に死ぬのはイエス・キリストの再来か?あまりあのような奇跡とか、不思議な力超常現象を信じないんですね、僕は。


刑務所の中は、足の引っ張り合いはあり、お父さんは偉いんだぞという、バックをちらつかせるヤツはいるし、いろんなヤツがいる、まるで社会の縮図ですね。映画に詳しい人なら、出てきた個性的な俳優、一人一人をあれこれ述べることは可能でしょうが、僕はそこまで詳しくはありません。でも、無垢な魂を持つ男、ジョン・コフィを演じた巨漢マイケル・クラーク・ダンカンの好演技、というより、存在感ですね、には感動しました。温厚な刑務所長役のジェームズ・クロムウェルもよかったですね。いずれにしても、脇役を個性的な俳優でしっかり固めている映画でした。「ネズミ」までも名演技でしたね。



いずれにせよ、今も死刑執行人は大変な仕事であることは間違いないですね。「職業に貴賤はない」と言いますが、僕は嫌ですね、そんな職業は。アメリカでは死刑を執り行うときに、一般の人が立ち合って見ているんですね。あれには驚きました。

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2005年06月29日 00時03分00秒

ドキュメンタリー映画「マイ・アーキテクト」!

テーマ:映画もいいかも
「マイ・アーキテクト」ポスター

ルイス・カーン-建築の世界-」という図録があります。1992年10月1日に初版発行された448ページもあるもので定価は8500円もしました。1992年9月26日から11月3日まで群馬県立近代美術館で開催された「ルイス・カーン展」のために作成された図録で、会場構成は磯崎新でした。その巡回展のために作成されたカタログです。「ルイス・カーン展」は国際巡回展で、カーンの地元フィラデルフィアをスタートし、ポンピドゥー、ニューヨーク近代美術館を経て日本に来ました。日本では群馬でしか開催しませんので、わざわざ群馬まで見に行きました。日本展が終わった後は、ロサンゼルスへ行って、巡回展の最後はカーンが設計したキンベル美術館でした。



リチャーズ・メディカルセンター

カーンは、1960年に日本で開催された「世界デザイン会議」に来たと聞いています。たぶん、川添登とメタボリズムグループの招聘だったと思いますが?その頃はフィラデルフィアの「シティ・タワー」と「交通計画」だけが作品として紹介されていました。その後すぐに、カーンの「構造と形」という哲学的な論文が入った「現代建築12章」という本が(昭和40年11月15日第1版)発売されて、日本でもカーンは少しずつ知られるようになりました。この本は鹿島出版会が黒いカバーの「SD選書」を出して、その2番目に出された本です。


ソーク研究所

カーンは1901年にバルト海沿岸のエストニアのエーゼル島(サーレーマー島)で生まれ、1904年に父親がアメリカに移住、その後カーンが5歳の時にアメリカへ渡ります。様々な学校で学んだ後、ペンシルヴァニア大学建築科を卒業します。設計事務所で働いてお金を貯めてヨーロッパ旅行へ行くんですね。イタリアのミラノ、フィレンツェ、アッシジ、シェイナ、サンジミニアーノ、ローマなどで、カーンはクレヨンや水彩でスケッチをしています。その時にサンジミニアーノの塔に感銘を受けて、後に「リチャーズ・メディカルセンター」に結実するわけです。カーンは若いうちは仕事に恵まれませんでした。住宅公団のようなところに長く務めて、庶民の集合住宅等を作り続けます。建築家としてはかなり遅咲きです。イェール大学の「アートギャラリー」を依頼されたときは、ほとんど無名の建築家でした。その後すぐに世界的な建築家になるのですから、判らないものです。イェールで世界的に有名になり、リチャーズ・メディカルセンターでその地位を不動のものにしたと言えます。1974年3月に73歳でこの世を去りました。


キンベル美術館

僕はカーンの作品は、若い頃にアメリカに行ったときにいくつか見ました。「イェール大学のアートギャラリー」とペンシルヴァニア大学の「リチャーズ・メディカルセンター」です。写真でしか見たことがなかった建築を、すぐそばで見ることができて興奮しましたね。まだその頃は、「イェール大学ブリティシュ・アートセンター」は出来ていませんでした。やはりカーンの最高傑作は、「ソーク研究所」と、「キンベル美術館」ですね。このふたつの建築は是非見に行きたいですね。最後の作品、バングラデッシュの「国会議事堂」もありますが。そうそう「住宅作品」も見逃すわけにはいきません。


バングラデッシュ国会議事堂

先頃の第76回アカデミー賞ドキュメンタリー部門にノミネートされた「マイ・アーキテクト」という映画があります。カーンの30歳違いの愛人の息子、彼が62歳の時に生まれた子どもだそうですが、父親のことを知っていた人たちを訪ねて話を聞き建てた建築を訪ねて歩く、という映画のようです。彼は11歳の時に父親に死なれたそうです。「父親を探す旅」といった趣向らしいのですが、いかんせん資料がほとんどありません。DVDもあるようですが、日本で発売しているのかも判りません。たぶん7月にはどこか小劇場で公開されるという噂を聞いただけです。どなたかご存じの方がおりましたら教えてください


映画「マイ・アーキテクト

http://www.myarchitectfilm.com/

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2005年05月29日 09時22分06秒

「ザ・インタープリター」を見ましたよ!

テーマ:映画もいいかも

ただただ「ニコール・キッドマンが出ている映画」というだけで、場所を調べて30分ぐらい余裕を持って渋谷の「シネフロント」へ向かいました。そうだ、ここは来たことがあるよ、思い返してみると、確かジョニー・デップの「ネバーランド」も、この映画館で見たんじゃないかな。なにしろ「全席予約席」だから、チケットさえ買えれば、絶対に座ってみられる。銀座の「シネスイッチ」で見たニコール・キッドマンの「めぐりあう時間たち」、あの時は大入り満、ギュウギュウ詰めで通路に座らせられて観ました。あれって、安全上、いけないんじゃないのかな?なぜか販売促進の高級アイスクリームが全員に配られましたけど?通路に座って高級アイスクリームを食べるのも、しかも銀座ですから、ホント情けない感じがしました。



めぐりあう時間たち」をこのブログで書いたかと思い探してみたら、どうもこのブログで映画に関して書いているのは、シャーリーズ・セロンの「モンスター」からでした。いずれにせよ、ニコール・キッドマンの映画で、僕が最初に観た映画は「めぐりあう時間たち」でした。それで味を占めたか?思えば遠くへ来たもんだ。その後、このブログにもたびたび書いている通り、ニコール・キッドマンの映画はけっこう観てますね。まあ、前置きが長いのが僕の欠点、そろそろ本題に。とはいえ、ただ「ニコール・キッドマンの映画」というだけで、「ザ・インタープリター 」の映画の内容はまったく分からないままで観に行きました。だいたい「インタープリター」の日本語訳も分からなかったのですから、内容が分かるわけがない、これも情けない話です。ただ一箇所分かったところは、コーヒーを飲むときにブラックかどうかとと聞くところ、白人か黒人かというのを聞き間違えたところです。


事件は、アフリカのマトボ共和国で生まれた国連通訳シルヴィアが、同国の大統領ズワーニの暗殺計画を聞いたと通報したことから始まる。それ以来、彼女の生活は一変。殺し屋たちのターゲットとなり、同時にシークレット・サービスの疑惑の対象になってしまう。そしてシルヴィアを"保護"する捜査官ケラーは、彼女の過去を探るうちに彼女自身が陰謀に関わっているのではないかとの疑いを深めていく…。シルヴィアの抱える"秘密"は、ケラーにとっては"嘘"でしかない。彼女は犠牲者か? 容疑者か? それとも───? 数週間前に妻を亡くしたばかりのケラーは、かつてマトボでシルヴィアが体験した悲痛なできごとを知るにつれ、彼女を守り通すことで自分のアイデンティティと愛を取り戻そうとするが……



国連通訳、つまりはインタープリターですけど、シルヴィア役がニコール・キッドマン、そしてその相手役シークレット・サービスのケラー役がショーン・ペン、この2人の意外な組み合わせ?なにしろ僕はショーン・ペンも初めて、最初はイヤミでショボイおっさんだったショーン・ペンが、次第にいい男に見えてくるのだから不思議なものです。インタープリターのコールキッドマンは、バリバリのキャリアウーマン。サッソウと黒目のスーツを着こなし、大股で国連の中を闊歩する。顔は小さいし、細身のスタイルはいい、なにしろカッコいいですね。



そうそう、この映画、初めて国連内部の撮影を許可されたことでも話題になったそうです。国連の前の広場も映像が出ましたし、隣接する公園も出ました。国連の全景も空撮で出ていました。最後のシーンは対岸の国連が遠景として見える場所でした。この「国連ビル」、元々はフランスの建築家、ル・コルビジュエが計画案を持ち込んだのですか、アメリカ人の建築家にその案のいいところだけをかすめ取られて実現されてしまったという、曰く因縁のある建物なのです。国連ビルのすぐ前に「フォード財団ビル」という有名な建物があり、若い頃見に行きましたが、その時に国連ビルは横目で見ました。当時は、建物の近くへは行けなかったんじゃないのかな?やはり、なんとなく薄っぺらな建物だなという印象でした。またまた脱線。



なにしろこの映画、よくできています。ごく控え目ですが、ジーンとくる大人の恋愛があります。なんと言っても社会派映画で、しかもサスペンス映画でもあります。アフリカでの虐殺事件や無差別テロ、そして国連ビル内での大統領暗殺計画など、深刻なテーマも真っ正面から真剣に描いています。アフリカで育ったシルヴィアは「国連の理念」を信じて疑いません。「革命の理念」はどこへ行ったのか。我が国も常任理事国入りを画策していますが、大国のごり押しで国連の存在理由を疑われている現在、はっきり言って「国連擁護」の映画といってもいいでしょう。映画は中盤からラストまで、息をもつかせぬ展開で手に汗を握ります。殺し屋とシークレットサービスのやりとりは、丁々発止、克明に描かれています。多くは言いませんが、バスの中でのシーンは見事なまでの緊迫感です。



やや難を言えば、シルヴィアが故郷アフリカで体験した悲惨な出来事に比して、数週間前に妻を交通事故で亡くしたばかりのケラーの悲しみの描き方、伝わり方がやや薄い感じがしました。この二人のそれぞれの悲しみが補完的に相まって映画になっているんですけど。ニコール・キッドマン、こんな役もやるんだ、新境地、といったところでしょう。ショーン・ペン、けっこうジワーッとくるいい男じゃないですか。監督はシドニー・ポラック、製作者・監督・俳優としても存在感のある人物だそうで、名前だけは憶えましたので、注目しましょう。久しぶりに見応えのある作品でした。

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