• 20 Nov
    • only one .

      昨日、予定通りに、ポール・マッカートニーの東京ドーム2日目の公演に、足を運びました。 夕方、店のかたずけを終えて、東武東上線に乗ってすぐ、車内連絡があり、鶴瀬~ふじみ野駅間で人身事故があったそうで、一駅先の上板橋で立ち往生。開演時間までには、2時間あるので、車内で本を読んで、待ちましたが、時間は決まらないけれど、成増・池袋間の普通電車は動くと一報、最初に動いた、来た駅への逆方向の電車に乗り、有楽町線に乗り換え、再び、池袋方面へ、30分以上のロスタイム。丸ノ内線の、会場のある後楽園駅で降りる前に、数駅先から歩く、東京・神田「エスポートミズノ」で、今度の日曜日の第2回富士山マラソンの参加賞の大会オリジナルランニング用Tシャツとランニングサングラスを無事受け取り、この事前受付は、今日までですが、当日の準備も無事終了。 http://ameblo.jp/tonkatumarutoshi/day-20131116.html 公演30分前に、東京ドームに到着、凄く長い列に並び、席に着くことが出来ました。まだ10分ほどあるので、グッズ売場に行くと、これまた長い列が、5分くらい並んだ頃に、お目当てのパンフレットが売り切れだそうで、よくよくみると、そのほとんどのグッツが売り切れ、公演後、会場外のグッズ売場にも行きましたが、やはりパンフレットはなく、会場限定のTシャツを記念に買いました。公演は、3時間に及ぶ勢いのポールの大熱演。 公演のセットリストを見ながら、聴いていましたが、大阪・福岡・そして、一昨日の東京の初日は、同じ曲目だったのに、この日は、オープニングから数曲目には、僕が9歳の頃大ヒットした、ウイングス時代のジェットが唄われ、不意を突かれ、びっくり。さすがに、ビートルズ時代の曲は、どの曲もほとんど耳にしているので、懐かしさが胸いっぱいになり、その時々、少年時代の記憶が蘇ります。実は、僕の中学時代、この貧しい時代になる前、マンションに住んでいた時に、障子を隔てた、隣の兄の部屋のから、いまや絶滅した、ドーナツ盤のアルバムのビートルズのレコードがよくかかり、自然に耳に記憶されています。仕事の後、いつも飲んだくれていた父を割けるように、母は、僕が結婚するまでは、いつも僕の部屋にいましたが、その父も、母も、今は居ない。当時の子どもだった自分が、いつの間にか、その同じ時期の親になっていて、その頃味わった苦労を、自分の子供たちには味わわせないと心に決め、毎日、頑張っていたりします。ポールの名曲を聴いていると、そんな、記憶と共に、その70年代後半のその当時から、やはり兄の影響で、一途に好きな浜田省吾自身も、ビートルズに衝撃を受けて、音楽の世界にいるわけで、その浜田省吾の音楽のところどころに、ほんの一瞬、メロディが重なる瞬間があり、それだけポールの偉大さをあらためて、感じました。71歳という年齢を感じさせず、オープイングから、次から次へと、世紀の名曲が目白押し、ギターを曲ごとに持ち替え、スタンディング演奏、ピアノの前でも、その指さばきは、目を見張ります。休みないその演奏の曲の合間に、日本語でメッセージを送るチャ―ミングなその姿は、会場いっぱいの多くのファンの心をグッとワシ掴みしていました。誰もが、口を揃えるであろう、ポールの、ものすごいパワーとスタミナ、そして、声量。ライブ全体のポールの印象も、前向きで明るく、何より年を重なることへの真摯なその姿勢、素晴らしい楽曲の積み重ねを心から感じられ、稀代の天才を前に、明日への元気がもらえました。

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