こんにちは。
ハイ・パイン・サンキュー!です。
いつもとなりのかがわさんをお読みくださり、ありがとうございます。 

 

日中は降っていませんでしたが、夕方から雨になりました。

節分だけれど暖かく、あまり寒さを感じない一日でした。

 

さて、高松市屋島の麓、四国村の続きです。本当は前篇、後篇で終わりにしたかったのですが、どうしても書ききれなくて3部作となってしました。今回はその真ん中のお話で、四国村に移設された灯台や古民家、流政之氏の滝などのことを書いています。

果たして一体どのくらいの方が、四国村にご興味があるのかはよく知りませんが、「海辺のカフカ」の読んだことなんかを交えながら、書いてみようと思います。

 

四国村にある灯台と退息所

四国村ギャラリーを出ると、またもとの四国村らしい雰囲気に戻ります。振り返って見ても、そんなものがあったのだろうか、というほど景色が変わります。最初に見かけるのは茶堂(ちゃどう)。

 

 

僕も何度か四国村に来ているのですが、最初はこの茶堂の意味なんかは全くわかりませんでした。

茶堂「遊庵」
四国の古い街道沿いには、こうしたお堂があちこち建っていました。初めは村の入り口に悪霊払いの意味で建てられ、後に街道を行く人の接待の場として、また四国遍路の休み場として利用されるようになります。このお堂は土佐から伊予へ越す龍王街道と呼ばれる道にありました。五寸角の栗材の柱の状態や落書きなどから、18世紀後半のものと推測されます。石仏(地蔵菩薩)は流政之氏の作品で、瀬戸内寂聴尼によって開眼され、お堂は「遊庵」と命名されました。

四国村 |村内紹介|村の共同施設より

なるほど、街道沿いにあって、お遍路さんの休憩所になっていたのですね。

 

 

真ん中には、流政之氏の石仏があります。

 

 

 

隣にはサヌカイトが置いてあって、カーンカーンと打ち鳴らして音を聞くことができます。さて、茶道を過ぎ、少し路地のような石の道を歩いて進みます。

 

 

すると左手に灯台が見えてきました。

 

 

はじめて見た時には、灯りがついて本当に灯台として機能しているんじゃないか、と思っていましたが、こちらも移設されたものです。

 

 

「大久野島灯台」とありまして、四国村ですが、広島県竹原市にある島の灯台です。

 

 

「軍事機密で地図から消されていた」とあります。

 

 

なるほど、かつての軍事拠点の一つだったのですね。大久野島はその後「うさぎ島」として有名になったようで、休暇村大久野島 があるのですね。いつもは外観だけ見て過ぎ去るのですが、昨年男木島灯台に入ったことを思い出し、取手を引くとドアが開きました。

 

 

 

「初照 明治二十七年 五月」と書いてあります。いろんな歴史を照らしてきたのだろうと思います。

 

 

 

そして、その奥には「灯台退息所」が移築されていまして、このゾーンの雰囲気が変わっていてとても良いところです。

 

 

木造の古民家が続いていましたが、石の建物が並んでいます。

 

 

特に中に何があるというわけではないのですが、僕はここが「海辺のカフカ」に出てくる「甲村図書館」のイメージに似ているな、と思ったことがあります。

 

僕の場所的な推測では「イサムノグチ庭園美術館」もその一つなのですが、作中に登場する「書庫」の印象はこちらです。どの辺が、と言われてもなかなか言葉で表しにくいのですが、昔の資産家が建てた家屋で、洋間であるというところ。電車に乗って主人公がやってくる情景の雰囲気が、とてもこのあたりと似ています。もしご興味があって、高松に来た際には、ご自身で確かめてみてください。本来これらは海辺にあってその役目を果たしていたはずで、屋島の麓の何となく違ったところに来てしまったという建物ですが、意外としっくり馴染んでいます。こちらは旧江崎灯台の退息所とあります。

 

 

 

昔一度だけ四国村に来たことがあって、微かな記憶でこんな建物がそういえばあったかも、と思い出すのはきっとこのエリアだと思います。

空が見えて、開けた高台で、他のところとちょっと雰囲気が違います。靴を脱がないといけませんが、中も見られるようになっています。

続いて鍋島灯台の退息所。

 

 

 

退息所が何で洋式建築なのかはよくわかりませんが、エントランスには円柱があり、全体的に洋風な造りです。

 

 

中も洋風な雰囲気で、

 

 

 

 

調度品も洋風にしてありますが、もともと使っていたものなのでしょうかね。

 

 

3つ目の建物は「旧クダコ島灯台退息所」となっていて、こちらの建物の外見は洋風ですが、中はやや和風です。

 

 

 

きっと当時の灯台守の方も、畳の方が落ち着いたのだろうと思います。この時期には何もなかったのですが、春になるとこのエリアでは綺麗なチューリップが見られます。もし見に行かれるのであれば、春のお花の時期もとてもおすすめです。

 

四国村の花巡り

ここから少し下るような道が続きます。僕にはそんな印象はなかったのですが、奥さんが言うには結構季節のお花が咲いている、とのこと。

 

 

 

確かにこの時期にはスイセンが綺麗に咲いていました。わあっとたくさん咲いているわけではないのですが、いくつかのエリアに分かれてポツリポツリと見かけます。

 

 

そんなに広いところではありませんが、バラ園もあって、ちょうどバラの季節の頃には綺麗なのだろうと思います。

 

 

再び木造の四国村へ戻ります。続いては「楮蒸し小屋」とあります。

楮(こうぞ)蒸し小屋

土佐は高級和紙の産地です。この小屋では伝統の和紙づくりが行われていました。
−切りそろえた楮やみつまたを束にして、釜に立て、上から桶をかぶせて蒸す。取り出して皮を剥ぎ、黒皮を取り、水に浸した白皮をモチにして、棒でたたく。最後に水に入れてすくい上げ、紙に漉く・・・−和紙作りは、手のかかる作業でした。

四国村 |村内紹介|伝統産業施設より

 

 

和紙の原料となる「楮」という植物を蒸すための小屋とその装置だそうです。

 

 

 

高知の方で和紙作りが盛んだったのですね。楮小屋の裏には、ポツリポツリと淡い色の梅の花が咲いていました。

 

 

 

この日はお天気も良く、暖かだったので、小春日和という感じでした。

続いては再び国の重要文化財に指定されている「旧下木家住宅」。

 

 

さらさらと音を立てながら、家屋のまわりを水が流れているので、先ほどまでとはまた違った雰囲気になります。「木地師」たちが定着した村だったと説明があります。

かぐや姫の物語に出てくる捨丸がそういえば、そうだったと説明を見て思い出しました。

 

 

旧下木家住宅

冬の間は雪で閉ざされる剣山麓の、標高1000mのところにあった民家。安永10年(1781年)の建物で、寄棟造り茅葺、間口七間、奥行四間で「本三六」の家と呼ばれます。間取りは、オモテ、ナイショ、ニワの三間に分かれています。

四国村 |村内紹介|民家・民具より

もう何だか見ていると、その辺からかぐや姫がころころ出てきてもおかしくないような気持ちにもなります。

 

水の流れを追って染が滝へ

水の流れを追うように下へ歩いていきます。この辺りの水辺は、先ほどの水景庭園とはまた異なった和風な感じで、気持ち良いところです。

立ち止まって覗き込むと、小さな魚が泳いでいました。

 

 

途中には、「添水唐臼(そうずからうす)小屋」があります。

 

 

少ない水で時間をかけて穀物を精白するための装置だそうで、徳島にあったものだそうです。

 

 

なるほど、水を使う小屋を展示するために水を流しているのですね。

なんでここだけ水が流れているのだろうと思っていたのですが、どうやらこの小屋の為のようです。

 

 

 

最初に見た茶堂もそうでしたが、綺麗なお花が添えられてあって、その辺りが四国村が丁寧に運営されているなあと感心するところです。

もちろんお花がある時ばかりではないのだろうけれど、ちょっと一輪あるだけで、見る景色が変わってきます。

 

続いては「久米通賢先生旧宅」です。

江戸時代、香川県の塩の生産量は全国の半分近くを占めていました。その製塩の基盤をつくったのが久米通賢です。安永9年(1780年)、東讃岐の引田町馬宿に生まれた久米通賢は平賀源内とともに、讃岐を代表する江戸時代の科学者です。
測量術にすぐれ、軍船、大砲、撃発式鉄砲、ピストルから、扇風機までをも発明しました。
この主屋は、平屋建て寄棟造り茅葺。解体に当たって天井裏から、測量器具、大砲の鋳型の原形などが発見されました。

四国村 |村内紹介|民家・民具

久米通賢さん、僕はかがわに来るまで知らなかったのですが、かがわさん達には「塩田をつくった人」として有名なようです。

僕はこれまで「つうけん」と心の中で読んでしまっていたけれど、「みちかた」とも読むのでしょうかね。

 

 

 

まだ見たことはないのですが、坂出の方に銅像があるそうなので、今度一度見てみたいと思います。

家の中は何となく普通の家という感じでした。

 

 

もう古民家なんかはそろそろ飽きてきてしまったような気持ちになりますが、まだまだ続きます。

しかも同じような建物が…。

 

 

旧中石家住宅は徳島の祖谷の民家だそうです。

平家の落人村として有名な祖谷の民家。主屋、隠居屋、納屋が一列に並んで建ち並ぶ様子は、傾斜が急な祖谷地方の特徴を表しており、18世紀後半の建築とみられます。寒い祖谷らしく部屋には「いろり」があります。

四国村 |村内紹介|民家・民具より

 

 

いつだったか、実際に囲炉裏を使ってみせてくれていたことがあります。結構煙が出ていて、ああ昔の人はこういう匂いを感じながら生活していたのだなあと思った記憶があります。隣には隠居屋。

 

 

この旧中石家住宅と隠居屋の間を通り抜けていくと、流政之氏の「染が滝」があります。

 

 

先ほど見ていた池のような場所と繋がっていて、全体で一つの作品だと思うのですが、結構周囲の景色と調和しているので、最初からここにあったかのように見えます。

 

 

染が滝、どう読むのでしょうね。「そめがたき」かな?

 

 

この時期にはありませんでしたが、古代ハスが密集している時もあります。

 

染が滝の古代ハス

 

 

ハスがあった方がよいと思うか、ない方がよいと思うかはその人の好みですが、僕は何となくない方がこざっぱりとしていて好きです。石の作品、という感じ。

 

 

さて、そろそろ四国村も終わりでよいのではないかと思うのだけれど、29のうち18まできました。

 

灯台からお花、水のせせらぎまで、短い時間と距離で違う景色を楽しむことができます。次は最後になりますが、アーチ橋(これがまたいろいろある)からわら家、異人館へ行ったお話に続きます。書いている本人もとても飽きてしまいそうな感じですが、もしよろしければ、またご覧ください。

 

それでは今日はこの辺で。

 

いつもお読みくださり、ありがとうございます。

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