こんにちは。
ハイ・パイン・サンキュー!です。
いつもとなりのかがわさんをお読みくださり、ありがとうございます。
晴れていたな、と思っていたら雲が広がり雨になりました。
雨の日と晴れの日が交互にやってくる秋のかがわです。
さて、今回は四国霊場71番札所「弥谷寺(いやだにじ)」です。
これまでも八栗さんの初詣や、善通寺に立ち寄ったお話など、四国遍路のお寺について書いたことはあるけれど、お寺そのものについて、というのは意外とはじめてかもしれません。
僕の周りにも「お遍路さんしています」とか「まわってきました」なんて言うお話をしてくださる方が結構いました。
大体目上の方でしたが、思い切って僕は「きっかけは何ですか?」と尋ねるようにしていました。「何かの節目に」とか「見てみたい気持ちが」という方が多いように思います。
お話を聞いているうちに、そんなに「自分で行きたい」と思わなくても、自然と、例えば音楽や味の好みが変わるように、ちょっと出かけてみようかな、という気持ちになっていくんじゃないかな、とも思っています。
僕は残念ながら、まだそういう気持ちになれそうもないのだけれど、瀬戸芸で本島に行った際、『壁に仏が彫られている「石仏」や「磨崖仏」が、かがわにもあるらしい』ということを聞いてから、弥谷寺を一度訪ねてみたいと思っていました。
特に専門的なことや、変わったことはないのですが、もし弥谷寺の本堂へ行くまでの階段や、弥谷寺の磨崖仏なんかにご興味がおありでしたら、どうぞお読みください。
弥谷寺は三大霊場
もう随分前から、どのくらいかというと旧三野町について書いた記事で、「ふれあいパークみの」に行ったあたりからです。
追記の日付が2014年の初夏だから、4年くらい前です。
しかし、ふれあいパークみので楽しく遊んだ後、さて弥谷寺に寄ろうかなんていうことにはならず、そのまま年月は過ぎ去っていきます。
津嶋さんや八朔祭り、紫雲出山に行く時も、気にはなりながらも、ついでに立ち寄るのはちょっと、という気持ちになりまして、気候もよく、家族も元気で、一緒について来てくれるという10月に行ってみることにしました。(いや、それはそれは説得するのは大変でしたが…)
僕も行くまで八十八カ所霊場会のHPを見てみると、こんな感じでした。
- 寺全体が山の中にある
- 500段ほど階段の昇降がある
- 仏の山、霊山である
うむむ、最初の2つはともかく、最後のは大丈夫だろうか、という気持ちになります。
弥谷寺のある弥谷山は、古来より霊山(仏山)として信仰されたといわれ、日本三大霊場(恐山・臼杵磨崖仏・弥谷山)の一つに数えられたとされる。古来より、人々は山々に仏や神が宿ると信じ、その山を霊山(霊峰)と呼び信仰の対象としたとされる。また、この信仰は、お遍路の元となった、辺(遍)路信仰(へじしんこう)の1つともいわれている。
四国八十八ヶ所霊場会:四国八十八ヶ所霊場会公式ホームページより一部抜粋の上引用
特に僕はそういうことを気にする方ではないけれど、とても長い時間大切に信仰されている場所のようなので、観光の気持ち半分、信心をもってお参りする気持ち半分、くらいで行ってきました。(まあ、いつもそんな感じですが)
まずは、場所です。
弥谷寺は、三豊市三野町なので、かがわの西側、海から少し入ったところにあります。
高松から行きますと、高速を使って約50分。
高松からだと、善通寺もそうですが、三豊・鳥坂ICあたりまでは高速を使うと幾分早い気がします。
もう少し詳しく見ると、インタを下りて、国道にでるところで右折、鳥坂まんじゅうのお店を左折、看板が見えたら、また右折という具合です。
全体を見渡すことがないので、3Dのマップをみると、なるほどこういう感じか、と思います。
他の方はどうなのか、よくわかりませんが、僕は大体地図や方向をイメージする時には、こういう感じを頭の中に作りだすのですが、自分の目で見えないところ(今回でいえば奥の海の方面)は、こうしてみるととてもイメージが掴みやすくて、好きです。
無料で停められる駐車場があり(20台~30台くらい)、バスなんかも入っていて、結構混んでいました。
もしいっぱいだったら、少し下の道の駅にも広い駐車場があるので、そこでも大丈夫だと思います。
駐車場から少し上がっていくと、トイレや休憩所、バス待合所がありました。
僕ははじめて来たので、よく知らなかったのですが、自家用車で来られるのはここまでで、ここから先は山上バスに乗るか(片道500円と書いてありました)、徒歩で行くか、ということになっているようです。
全体の案内図を見ると、こんな感じ。
ながーい看板ですが、階段があるけれど、そんなに距離はなさそうです。一応奥さんと子どもに、「バスもあるよ、僕は歩くけど」と言ったら、一緒に歩いていくとのこと。自販機で飲み物を買い、トイレに行ってから出発です。
行った後だからわかることですが、少し傾斜のある階段が続くので、もし足腰に不安がある方は山上バスのご利用をお薦めします。
順路が綺麗な看板になっていて、本堂までの階段は540段となっています。
バスはそのうち、378段目まで送ってくれます。折角なので、この経路図に掲載されている順に、見て行きたいと思います。
入口付近には、たくさんの看板や案内板があるので、順に見て行きます。
まずは付近の札所の案内図。
弥谷寺の一つ前、70番は本山寺(もとやまじ)、一つ後の72番は曼荼羅寺(まんだらじ)ですよ、と書いてあります。
豊中町から三野町、善通寺へ抜けていくのですね。
その隣は「天霧城跡(あまぎりじょうあと)」の説明版です。
中世の山城ということなのですが、「天霧城」って何だかかっこいいですね。
「二市一町」の天霧城保存会とありますので、三豊市・善通寺市・多度津町のグループなのでしょうね。
本当は天霧城にも、興味はありますが、今回は弥谷寺です。
さらに香川県が作成した自然環境保全地域の看板です。
多くの樹木に名前のプレートが付けられていて、自然を学ぶにもよいところなのだろうと思います。
登り口で一礼して階段を上りはじめます。
登り口から仁王門、賽の河原
そんなに天気は悪くなくて、曇の隙間から時折陽が差す、という感じだったのですが、ここから別世界のように地面が濡れていました。
10月の初旬でしたが、紅葉はまだまだで、とても多くの蚊が舞っていました。ええと、蚊は見たこともないほどたくさんいまして、僕がカメラを構えると、2、3匹手についているのがわかるほどです。長袖、長ズボン、虫除け必須です。
たくさんある中で(いや、本当にたくさん…)、一つの石碑を見つけました。弥谷寺は「さぬき百景」の一つなのですね。
他には、弥谷寺のあるこの山、「弥谷山(いやだにやま)」が香川のみどり百選に選定されているようです。
階段を上ると、早速行く手が二つに分かれています。
左に行くと弥谷寺の表参道、右は曼荼羅寺、出釈迦寺(しゅっしゃかじ)に矢印が向いています。なるほど、お遍路さんの道なのですね。
何だか手を入れてはあるけれど、昔からの道っぽくて雰囲気がありますね。なんて思っていたら、国指定史跡の遍路道でした。
四国八十八カ所霊場の71番札所弥谷寺(三豊市三野町)と72番札所曼荼羅寺(善通寺市吉原町)を結ぶ遍路道は曼荼羅寺道と呼ばれ、道中では行き先を記した丁石や石造物を見ることが出来ます。このうち、弥谷寺へ向かう石段を上った分岐のあたりから善通寺市碑殿町の蛇谷池の堤までの区間は、約0.9kmの山間部を通る未舗装の道となり、歴史的な面影が残る古道を歩くことができます。
(善通寺市デジタルミュージアム讃岐遍路道 曼荼羅寺道 - 善通寺市ホームページより一部抜粋の上引用)
「弥谷寺へ向かう石段を上った分岐のあたり」というのが、ここなのでしょうね。2014年10月6日に追加指定されたようなので、ちょうど4年前のことのようです。紅葉の時期や桜の季節なんかにあるいたら、ちょっと気持ちがよいだろうな、という雰囲気です。
もう一つ一つに立ち止まっていると、なかなか前に進めず、蚊に刺され、奥さんと子どもは先に行って姿が見えなくなってしまいました。
参道の脇にはたくさんのお地蔵さんと、時折墓石もありました。
僕は何度かテレビなどで、ここの俳句茶屋の様子を見たことがある気がします。しかし、ご主人が亡くなられたようで、この時には俳句茶屋はされていませんでした。なので、最初の自販機などで飲み物を買っておいた方がよいかと思います。
ここが「初段目」とあった仁王門です。
「剣五山(けんござん)」とあります。山号だそうです。以前に行った八栗寺の「五剣山(ごけんざん)」と似ていますが、剣と五が逆です。
言い間違えて伝えると、大変なので、気をつけなければいけません。両方とも 弘法大師が修行中五本の剣が山に落ちてきて、ということのようです。
木造の趣なる、とても立派な山門です。
僕は葉が緑の頃に来たけれど、これが紅葉する頃合いには、また違った雰囲気になるだろうな、と思います。
根来寺もとても素敵な雰囲気ですが、弥谷寺はもう少し自然そのものが多くて、素朴な印象ですが、そこがまたよいという感じ。
そして、ここからが「賽の河原」です。
先ほどの経路図によると、
神仏の住む山を弥山と呼び、弥谷は神仏の谷を意味し、神仏の世界に足を踏み入れる意味で賽の河原と呼ばれています。
階段の左手側が谷になっていて、そこに水が流れているから、確かに河原です。上っていくと、大きな岩がありました。
両側に岩があって、それぞれ何か掘ってあります。
お地蔵さんのような形で、長い年月のうちに丸く丸くなっていったという感じがします。
どうやったら、こんな感じになるのだろう、という岩と木もありまして、
さらに、その木には緑の植物も生い茂っていて、最初はコケかな、と思っていたのですが、結構硬くて丸い葉っぱでした。
大きい岩から小さな植物まで、混然一体となった中に、長い年月人の手が入っているのだなあと、眺めながら歩いていきます。
金剛拳菩薩から百八段階段、護摩堂
僕は最初観音様と思ってしまいましたが、「金剛拳菩薩」だそうです。「菩薩の境地を顕した菩薩様で、病にご利益があるとされます。」と書いてありました。
画像ではそう見えないかもしれませんが、結構大きな像で、上からじっと見られている感じです。
ちょうど子どもと奥さんも、ここで待っていてくれて、合流して一緒に手を合わせました。「大きな岩に彫られたの見た?」「見てない、蚊を払うのに必死」とのこと。確かに…。
賽の河原の階段は240段あるそうですが、傾斜がなだらかなところもあったので、そんなに大変ではなかったのですが、この後には百八段の階段がありました。
百八段の意味なんかが書かれています。
百八段の階段なんて、全然大丈夫、と言う方もいるかと思いますが、休まずいくとなかなか大変ですね。下りて来る方もいますし、滑りやすいので、十分気をつけて上ってください。
手すりをしっかりとつかんで、一歩ずつ行けばそんなに怖い感じではありません。
百八階段を上ると、大師堂と本堂へ行く二つの道がありました。おそらくバスは、このあたりまで送ってくれるのだと思います。
逆に考えると、この先の階段は、自分で歩かねばなりません。
経路図のとおり、先に本堂を目指します。
すぐに見えてくるのは多宝塔です。
僕は気がつかなかったのですが、経路図によると、「岩盤の多宝塔」だそうで、下は岩になっているのでしょうか。
その隣には、すぐに弘法大師像。
そして鐘楼と続きます。
もちろん僕だけでもいいのですが、子どもも一緒に鳴らします。ゴォオンというより少し軽めのコーンという響きでした。
階段を上ると、また分かれ道。弥谷寺は二手にわかれる道が多いです。
左に行くと水場(本堂)、右に行くと天霧城跡とあります。天霧城跡の方を見てみると、
もちろん、行ってみたい気持ちもありますが、今回は本堂に向かいます。
もう一つは正面にある建物、護摩堂です。
半分は岩で覆われていて、お堂の中は真っ暗です。
ちょっと入ってみます。
本当はもっと暗いのですが、壁と屋根は岩で覆われていました。
いや、覆われているというよりも、岩を刳りぬいた中に作ったのでしょうね。
水場から磨崖仏
そして、この辺りからとても雰囲気が変わってきていて、岩肌に沿うように歩いて行きます。
手すりはありますが、階段は狭く、平らではないところもありました。この上が「水場」となっているようです。
この看板が「一市二町」なのは、合併前の善通寺市・三野町・多度津町のことだと思います。
斜めに線が入っているため、奥の方から何かが向かってくるような感じはあります。
そしてよくよく見ると、岩には何かがたくさん彫られています。
あちらこちらに彫られた場所があり、仏の形に見えるものや、穴だけあいているように見えるものなど様々です。
長い間こうしてあるのかと眺めていると、やっぱりすごいなあと感じます。
一つ奥まったところがあり、ここが「水場の洞」になるのでしょうね。
帰宅して経路図を見ると、奥に続いているようで、この先が神仙の住む世界とのことでしたが、この時には気がつきませんでした。
さらに上の本堂を目指し、階段を上ります。
見えてきました、これが「弥陀三尊(あみださんぞん)磨壁仏(磨崖仏)」だと思います。
弥谷寺の公式HPには記述がないのですが、四国八十八ヶ所霊場公式HPには説明がありました。
弥陀三尊磨壁仏
大師堂から本堂へ向かう途中の岩壁にあり、大師が刻んだとされています。「磨崖仏(まがいぶつ)」と呼ばれ、真言を唱えると極楽往生ができるともいわれます。
よく見ると、左右にも何か彫られているように見えますが、この石仏には雨除けがついていて、他とは違う印象です。
何だかとても良いものを見たような、そんな気持ちです。
さて、この後は本堂へ行って、大師堂へと続くのですが、画像と字数の制限にかかるので、ここまでを前篇としたいと思います。
弥谷寺に限らず、お寺については情報量がとても多く、一つ一つ正しいのかどうかもわかりませんが、全体の雰囲気は少し書けたような気もします。
階段があったり、蚊が多かったりと、大変な面もありますが、古い建物の雰囲気や遍路道、森全体の感じは他にはないな、という雰囲気でした。
また、よろしければ後篇もお読みください。
それでは、今日はこの辺で。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
<スポンサードリンク>























































