島根県立古代出雲歴史博物館を訪れた | 出 雲太のブログ
2010-02-12 21:20:04

島根県立古代出雲歴史博物館を訪れた

テーマ:出雲

島根県立古代出雲歴史博物館。


出雲にいながらいまだ一度も訪れたことがなかった。


それではいけないと思い、思い立って出かけてみることにした。


子供たちも誘ったのだけれど、おじいちゃんたちと買い物に出かけるほうがよかったようで、結局妻と二人で出かけることになった。


あいにく、天気はみぞれまじりの雨模様。



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そんな雨だったのにもかかわらず、以外にお客さんが多かったのは驚きだった。



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平成19年3月10日開館したこの博物館。


当時は子育てで忙しく、かつ開館当初はたくさんの人が訪れるだろうことを見越して、くることを先延ばしにしていた。


出雲大社はそれでも年に何度か出かけるので、横目で見ながら今度来よう今度来ようと思っているうちに今日の日を迎えた。


もう2年もたっているので落ち着いているだろうと思っていたのに、このお客さんの数。


すでに出雲大社礼拝とセットになって観光に組み込まれているのだろうなと思った。


まぁ、当然だろう。それを見越して出雲大社横にこの博物館を立てたのだから。


さて、中に入ってみるとまず目を見張るのが出雲大社の宇豆柱だ。



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平成12年に出雲大社境内遺跡から出土したこの柱は、スギの大木3本を1組にし、1本の柱の直径が約3mにもなる巨大なもので、これは、そのうちの棟をささえる柱すなわち棟持柱(むなもちばしら)で、古くから宇豆柱(うづばしら)と呼ばれてきたもの。


境内地下を流れる豊富な地下水のおかげで奇跡的に当時の姿をとどめて出土したという。


直径が最大で約6mもある柱穴には、人の頭の大きさかそれ以上の大きな石がぎっしりと積み込まれ、世界に例のない掘立柱の地下構造も明らかになった。


柱の配置や構造は、出雲大社宮司の千家国造家(こくそうけ)に伝わる、いにしえの巨大な本殿の設計図とされる「金輪御造営差図」(かなわのごぞうえいさしず)に描かれたものと類似していた。


その後の調査で、この柱は、鎌倉時代前半の宝治2年(1248年)に造営された本殿を支えていた柱である可能性が極めて高くなった。


いきなりそんな柱が目の前にあるのだからびっくりする。


しかし、そこから先は撮影禁止だったので、常設展はお見せすることができません。


中の宝物は下の公式HPにてどうぞ♪
http://www.izm.ed.jp/


以外に妻の食いつきもよく、一緒にゆっくり常設展を見て回った。


当然ながら、圧巻だったのは神庭荒神谷遺跡の銅剣と加茂岩倉遺跡の銅鐸の全品展示だ。


常設展示場は3室あったのだけれど、テーマ別展示室をゆっくり回りすぎて、もうその時点で1時間以上経過してしまった。


あとの総合展示室と神話回廊は足早に回ってしまうことになった。


観覧料も600円とリーズナブルなので、また妻と行きたいねと話しながら、博物館を後にした。


でも、うちの子供たちはまだ小さすぎて、退屈だろうなと思ったけれど・・・。


雨じゃなかったら、出雲大社にも参拝したいところだったけれど、さすがに今日はやめにした。


帰りに伝説の出雲井神社を車で通り過ぎた。


10年ぶりだったけれど、しっかりとそこにあった。


当たり前か。



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今もこの神社は歴史の重みを静かに感じ続けていることだろう。


いや、感じなければならないのは、僕らのほうなのだ。


また、いつか来よう、この場所に。今度は子供たちをつれて。


さて、帰ってみると、子供たちはとっくに帰っていて、二人で出かけてずるいと怒っていた。


おみやげだよと手渡したのだけれど、不評でした。



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まだ、子供にはこのおかしみはわからないかな♪

「出雲から世界へ」
http://www.enjoy.ne.jp/~hisasi/index.html

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