もう五十年以上も前のことになりますが、高崎高校に入学した時、わたしにはこんな夢がありました。
「高校時代の三年間を使って、ベートーヴェンについて、なにか文章を書いてみたい」
当然のように、高校時代にはいろいろな事が起こり、この夢は叶いませんでした。
しかし夢を忘れたことはなく、大学に入る時も、同じ事を願っていました。
ところが大学では「スキーに出逢うという一大事」が起こり、大学でもこの夢は叶いませんでした。
その後も、忙しかったり、生活に追われたりと、十五才の夢は、ずっと心にはあり続けましたが、なかなか実現することはできませんでした。
ところが、昨年から続くコロナ禍で、わたしはこう感じ始めたのです。
「時代が、ベートーヴェンの中期から後期へと変わりつつあるのではないか?」と。
コロナ禍を見つめれば見つめるほど、これは心理学で言う人類全体の『退行』であると考えるようになりました。
グスタフ・ユングは『退行』には病的なものもあるけれど、しかし創造的な心的過程に欠かせないものもある、としています。
じっさいベートーヴェンは、彼の後期と呼ばれるピリオドに入る前、もの凄い退行を経験しています。
その過程で、彼は錯乱し、浮浪者と間違われるほどの姿となり、警察に保護されるまでの経験を経ています。
しかし、そんな退行を経験したからこそ、彼は人類史上最大の宝と言われる彼の後期の作品群へと導かれていくのです。
そんなベートーヴェンの変化が、今のコロナ禍とダブって見えてきました。
ですから、今回発表させていただいた『ポストコロナのベートーヴェン』では、彼の退行がなぜ起こったのか、その理由を解きつつ、退行からの復活を解明することをテーマにし、それを人類全体に当てはめられないかを探っています。
ベートーヴェンは十五才の時、フリードリッヒ・シラーの『歓喜の歌』に心を動かされ、それを最晩年になって第九交響曲に結実させています。規模や偉大さはまったく異なりますが、わたしも十五才の時に心から感動し、揺り動かされたベートーヴェンの音楽について表現したいという夢を、五十年を経てようやく叶えようというわけです。
ベートーヴェンを大好きな人にも、これまで興味がなかった人にも、そして大嫌いな人にも・・・・・・特に、大嫌いな人にこそ・・・・・・読んで頂きたい内容となっています。
この本には、ベートーヴェンの生々しい生命が溢れています。
彼の愛と恋、野心と闘い、そして究極の受容と諦めが、これまでの伝記には描かれなかったストレートな形で書かれています。
どうか、お読み下さい。
ちなみに『あとがき』を、高校一年生以来の親友であり、わたしが初めて「ベートーヴェンについて書いてみたい」と知らせた世界的指揮者・三澤洋史君が寄稿してくれました。こちらも、ぜひ読まれてください。