65才になりました。。。 | トナカイの独り言

65才になりました。。。

 高校生の頃、わたしは35才の自分が想像できませんでした。
 じっさい35才になった時、突然、「あぁ、人生の半分がすぎてしまった」 と感じたことを覚えています。あの時が人生の半分なら、わたしに残された時はあと5年になります。なぜなら、今日はわたしの65才の誕生日だからです。
 

 昨日はフルトヴェングラーの誕生日。明日はモーツァルトの誕生日。その間にひっそりとわたしの誕生日があります。

 

 余談になりますが、90才になろうという両親が、明後日引越をします。その姿を見ながら、「あと5年ではなく、もう少しわたしには時間が残っている」 ようにも思えるこの頃です。

 わたしの母は今でも 「優人、スキーでは食べていけないから、早く止めなさい」 と言います。そのたびにわたしは、自分の年齢を答え、なんとかスキーで生活していることを説明します。
 そして人生をふり返って、スキーにどれほど感謝しても感謝しきれない気持ちになります。

 わたしは高校生時代、自分の人生が見えませんでした。
 漠然と、高校を卒業したらアルバイトしてお金を貯め、世界一周旅行にいこうと思っていました。そんな時、アメリカ人の子供に水泳を教えるチャンスから、目を覚まされたのです。それは言葉がまったく通じないということでした。子供と意思疎通できないのですから、世界一周旅行に行っても意味がないと感じたのです。
 そこで大学に入り、英語を一生懸命勉強しました。
 そして、フリースタイルスキーに出逢いました。

 いろいろな意味のある偶然が重なり、素晴らしい友人や先輩や先生に囲まれて、わたしはスキーを始めることができました。
 簡単に 「スキーに出逢った」 と書きましたが、ほんとうに不思議なことがたくさん起こったのです。
 選手となって、良い結果も出て、いよいよスキーの道に邁進しようという矢先、膝に大怪我を負いました。ふり返ると、なぜ怪我をしたのか、今ならよく分かります。

 入院中にいろいろなことを感じ、考え、自分の人生も見つめ直しました。しかし、まさかスキーヤーとして65才まで生きて来られるとは思いませんでした。
 何度か人生を諦めようと思った時、思い止まらせてくれたのは、いつもスキーでした。後遺症があっても、痛みや限界があっても、いつもスキーは魅力的に見えました。


 そんなことがある度、高校生になったばかりの時、こんな会話をしたことを思い出します。
 それは高校に合格して間もないことでした。
 道でばったり、中学の音楽の先生に逢ったのです。
 彼女は音大を卒業し、先生になったばかりで、ういういしくも美しい人でした。
 クラシック音楽が好きだったわたしは、先生とずいぶんベートーヴェンやモーツァルトについて話をした記憶があります。
 その先生が、「おめでとう」 と言ったあと、こうわたしに聴いたのです。
 「角皆君は何になりたいの?」

 まったくあてのなかった自分ですが、その時読んでいた小説に影響されて、「弁護士なんてどうかな」 と答えました。

 すると、先生がこう言ったのです。
 「まったく似合わないわね」

 少し考えるようにして、先生はこう続けました。
 「そうね、角皆君にはプロスキーヤーのような職業が似合っていると思う。いろいろな国に行ってスキーをして、そしてたくさん恋をするのよ」
 この時の先生の憧れるような表情を、わたしは忘れたことがありません。

 当時、スキーはまだ数回滑ったことがあるだけ。しかも、まだ滑れるとは言えないレベルでした。それにもかかわらずこの時の言葉を、いったい何度思い出しながら生きてきたでしょう。

 


 

 スキーを知らない時に言われたこと。しかも言った本人も忘れているような言葉が、人生を支えてきました。
 

 また高校一年生以来の親友である三澤洋史君の生き方にも、大きな刺激をもらい続けてきました。
 彼はわたしと知り合ったことでクラシック音楽にのめり込み、人生を懸けてその道を歩んで来ました。この本に、そんな人生が描かれています。ぜひお読み下さい。

 

 

 彼とわたしとで行っているスキーキャンプ 『マエストロ・わたしをスキーに連れてって』 で、わたしは 『心と体の不思議な関係』 という話をします。なぜなら、ここ数年、心と体の関係について、ずいぶん理解が深まったからです。
 そして話すことがいかに心に影響するのか。態度や表情が心と体をどう動かし、変化させていくのか、感じられるようになってきたからです。


 自分が何度も大きな怪我を経験し、それにもかかわらずスキーを続けてきているのは、この為だったのではないかとすら信じられるほどに・・・・・・。
 故・平光雄先生はよくわたしに 「自分の人生は60才から」 と言っていました。
 ですから65才から、平先生の分まで残された時を、しっかり生きたいと願っています。