スキーへの想い・・・・・・ | トナカイの独り言
2019年01月09日(水)

スキーへの想い・・・・・・

テーマ:スキーの話

 わたしがスキーを始めたのは、とても遅い時期でした。
 生まれて初めてスキーをしたのは、中学二年のスキー教室だったように記憶しています。
 中学、高校と、レジャースキーヤーとも呼べないほど少ない滑走日数でした。

 

 しかし、スキーについてなら、とても不思議な記憶があります。

 まず、そんな不思議な記憶の最初は、高校に入学した時のことです。

 以下、エフ-スタイル・スピリットから、少し引用させていただきます。
 

 それは高校に入学が決まった青い空の美しい春の朝でした。
 当時、家族で住んでいた高崎市の問屋町から高崎駅方面に歩いていると、「角皆君!」と声を掛けられたのです。
 明るくて澄んだ呼び声でした。
 振り向くと、音楽の高田先生が微笑んでいました。
 クラシック音楽が大好きだったわたしは中学時代、教職に就いたばかりの彼女と、好きな曲について真剣に語り合ったものです。そんな思い出から、とても親しく感じている先生でした。
 挨拶が終わるなり、彼女はわたしにこう尋ねたのです。
「素晴らしい高校に受かってよかったわね。でも、角皆君のような人に、あの高校はどうなのかしら。だいいち角皆君はどんな人になりたいの。どんな職業に就きたいの?」
 わたしは自分の心を覗き込んでみましたが、そこに答えは見つかりませんでした。
「先生、弁護士なんてどうかな?」
 意味などなく、たまたま読んでいた小説から弁護士という職業が魅力的に思えただけでした。
 彼女はそれを聴くと、美しい横顔を曇らせてこう答えました。
「・・・・まったく似合わないわね・・・・」
 しばらく沈黙してから、こう続けたのです。
「そうね、角皆君にはプロスキーヤーみたいな職業が似合っていると思う。スキーを滑って世界中を旅するのよ。そして、たくさん恋をするの・・・・」
 まだ教職に就いたばかりの彼女の瞳に、夢見るような光が宿ったのを覚えています。
 大学時代になると、わたしは彼女とのこの会話を繰り返し思い出すことになります。

 

 もう一つあります。

 大学受験をするかどうか悩んでいた頃・・・・ほんとうは大学に行く気はなく、アルバイトしてお金を貯め、世界一周旅行に行ってみたかったのです・・・・時々こんなビジョンを持ちました。
 それは自分がスキー教師となって、スイスやオーストリアで教えている姿でした。机に向かっていると、しばしばそんなスキー教師をしている姿が脳裡に浮かんだものでした。その時まで、わたしはスキーのことはほとんど知らなかったにもかかわらず、なぜか純白の世界でスキーを教えている自分の姿を見たのです。

 

 やがて大学に入り、不思議な縁からフリースタイルスキーを始めることになりました。それはほんとうに不思議な体験で、気がつくと、あっというまにフリースタイルスキーに取り憑かれていました。
 周りにはそれ以上望めない素晴らしい友人たちや先輩たちがいて、環境にも恵まれました。
 本格的にスキーを始めた頃、三浦雄一郎先生とドルフィンズのみなさまにお世話になりました。特に木村兄弟にはほんとうにお世話になりました。やがて、園部友昭さんや清水康久さん、長谷川輝紀 教授という素晴らしい指導者とも巡り逢うことができました。
 スキーに熱中してから五年間くらい、まるで巨大な渦に巻き込まれたかのような生活でした。自分がスキーを選んだというより、フリースタイルスキーがわたしを選んだと言った方が良いようにも感じるほどです。

 

 近頃読んでとても感動したBernard Hillar の本(俳優業を目指す人たちに向けた本)に、こんな言葉があります。

 Acting is not a choice,you do not choose it, it chooses you.

 (俳優業はあなたが選ぶものではない。あちらがあなたを選ぶのだ)

 また、Niel Simon によるこんな文章も書かれています。

 If anything can stop you, it's not for you. (何かがあなたを止めることができるのなら、それは最初からあなたのものではない)

 

 まさにわたしがフリースタイルスキーヤーになろうとすることは、誰にも止められなかったでしょう。当時は致命的と考えられていた膝の怪我すら、止めることができなかったのですから。

 

 1980年当時、膝の靱帯を切ったり、半月板を大きく損傷したりすることはスポーツ選手にとって致命的と考えられていました。ですから、精密検査をされた後のわたしは、何人ものお医者さまから代わる代わる何度も 「もうスキーはできない」 と言われました。
 ところが、この時ちょうど、当時の女子世界チャンピオンであった Jan Bucher が膝の再建手術を受けたばかりで、復帰に向かってリハビリを頑張っていたのです。その姿から、「自分も行ける」 と信じられました。それにスキー以外には何もないわたしですから。


 

 

 膝の手術を受けた後は、腫れや痛みを伴うようになったこともあり、五十歳まで滑れるなど、信じられなかったです。まずは目の前のワンシーズン、ワンシーズンをかろうじてこなしていくのみ・・・。

 四十九歳で大きな怪我をしたときは、「これまでか」 とも思いました。

 それから十五年。

 まだまだ滑っています。そして、スキーは今でもほんとうに楽しいです。

 気がつけばカナダでたくさんのみなさまにスキーを指導し、北米だけでなくヨーロッパでも日本チームを指導してきました。
 今となると、たくさんの国から、白馬まで来ていただけるようにもなりました。
 

 スキーと自分の縁を考えると、ほんとうに不思議な気持ちになります。あの時、彼に逢わなければ、あの先生に巡り会わなかったら ・・・ とか、ゲレンデでたまたまあの人と一緒に滑らなかったら ・・・ とか、複雑に絡み合った縁の織物が見えてきます。
 水泳とも不思議な縁で結ばれていますが、スキーとは神秘的とも言っていい関係で結ばれているようです。

 

 昨夜から自宅で三十センチを超える積雪がありました。たぶん山頂なら五十センチを超えているでしょう。

 これからパウダーに飛び込むか、それともシーズンインしてから一度も泳いでいないので、プールに行くべきか、今のわたしはとても贅沢な悩みを抱えています。

 

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