指揮者に親友の三澤洋史、パルジファルに片寄純也、クンドリに清水華澄という豪華キャストを配しての巨大イベント。芸術文化振興基金助成事業でもあります。
この公演に向かってチームが立ち上げられたのはもう数年前になります。ワーグナープロジェクトと銘々され準備に二年以上、練習に一年という巨大なエネルギーを費やして実現されたプロジェクトです。
この公演に向けて、わたし個人にも大きな変化が訪れていました。
まず首のヘルニアから、トレーニングや生活習慣を見直すことを始めていました。
その過程でさまざまな気づきがあり、あらためて自分の命や存在のあり方を見直すことが続いています。
また、名古屋に出発する前日、所用から群馬県を訪れ、帰りに 『あすなろ』 を訪ねたことも、意味のある偶然でしょう。
『あすなろ』 とは、数十年前にいったん姿を消した名曲喫茶の名前です。群馬県高崎市にあり、群馬交響楽団の基地となる音楽センターに近かったこともあり、たくさんのクラシック音楽愛好者が集うところでした。
わたしも高校や大学時代、よくこの喫茶店に通い、友人たちと音楽や文学について語り合ったものです。この場所で、わたしがもっともたくさんの時を共にすごした友人が、今回の指揮者・三澤洋史君であり、次に時を共にしたのが、白馬から同行してくれた高橋正光君でした。
この喫茶店で、たくさんの音楽を聴き、たくさんの本を読みました。もう四十年も前のことです。
かつて、『あすなろ』 がつぶれた時、まるで自分の青春の一部が、消されてしまうかのように感じたことも覚えています。
そんな喫茶店が三十年ぶりに復活し、演奏会前日に訪れることになったのです。
パルジファルもそこが初めて聴いたところ・・・・・・。
かつてとまったく同じ場所で同じ建物でした。
二階へ登る階段は、かつてと同じ板。人の靴で角の取れた階段を踏みしめる時、十代の自分と重なる自分がいました。この角を丸くした一人に、わたしもいたのですから。
大学時代からワーグナーにのめり込んでいた三澤君が、かつてパルジファルの素晴らしさを熱く語ってくれたテーブルに着き、そんな彼がパルジファル全曲を演奏することに大きな感慨を覚えました。
わたしにとってワーグナーと云えば、『トリスタンとイゾルデ』 であり、パルジファルはどこか丸くなってしまったワーグナーを感じてしまう作品でした。そんな角が取れてしまったワーグナーに失望していたわたしですが、今回同行してくれた友人の一人、板倉重雄さんに目を覚まされる言葉をいただきました。それで、新しい理解の次元に踏み込むことができたのです。
予定より早く名古屋に到着したので、最終練習を聴くことができました。
下の写真は、コンサートマスター高橋広さんがアップしてくれた最終練習の模様です。

ゲネプロと呼ばれる最終練習ですが、じつは音楽好きには堪らない場所なのです。なぜなら、本番は音楽そのものを聴く場所で、ゲネプロは指揮者が何を表現したいのかを知ることができる場所だからです。必ず重要な場面をさらいますし、そこでどう演奏して欲しいかを、指揮者が演奏家たちに言葉でも伝えることが多いためです。
そのため、「ああ、ここを強調したいのだな」 とか、「この場面にはこんな想いを込めたいのだな」 とかわかるのです。
ゲネプロを聴き始め、すぐにこう感じました。
「ああ、みんな、なんと伸びやかに演奏しているのだろう」
前回のマーラープロジェクトで、テクニックの部分で慎重になっていた演奏家たちが、ほんとうに伸びやかに演奏していました。彼らの練習量がわかる音でした。
これは良い演奏会になる、と自然に感じられました。
ゲネプロ終了時に三澤君が演奏者たちに送った言葉は、「きっといい演奏会になるよ」。これを聴いて、ふたたび 『あすなろ』 での会話を思い出しました。
「音楽をテクニックと気持ちの両面からしっかり消化すると、どこかで昇華され、自由に演奏できようになるんだ」
まさに高いレベルの自由度を感じる最終練習の音だったのです。
パルジファルというオペラは、どこまでも深読みできる内容を持っています。
哲学的に、そして量子論的に推測を始めたら、それこそ底無しの深みに入ってしまいます。
そんな中でも、意味深いフレーズに 「ここでは時間が空間になるのだ」 というものがあります。言葉も意味深長ですが、そこから始まる場面転換の音楽も言葉では喩えられないものです。
ここで心臓を突き刺されました。
誰に?
コンサートマスターの高橋広さんのヴァイオリンにです。
前回のマーラープロジェクトでも同じようなことが起こったのですが、今回は次元が異なっていました。彼のヴァイオリンが、直接わたしの心臓を直撃し、痛めている首への血行が一気に増し、首の裏が熱くなり、まるでヘルニアが治るかのような直接的変化が見られたのです。
世界中に、音楽で病気や怪我を治療する伝説がありますが、生まれて初めてそんな変化を実感しました。できることならステージに飛んでいき、高橋さんの横で聴いていたかったです。そうすれば、ほんとうに治ったかもしれません。じっさい、現在はだいぶ改善されていますから。
それほど、彼の演奏は心と体の両者を震わせてくれました。
こうした音楽効果を実際に感じられただけで、ヘルニアを押して名古屋に行った甲斐がありました。もちろん、高橋さんの演奏を引き出してくれた三澤君の力量にも感謝です。
各幕が終了した時の高橋広さんの表情も、忘れられません。
二幕が終わったときには涙すら流していましたね。そして三幕が終わったとき、あの茫然自失とした表情に、すべてを出し切った人間の素晴らしい顔つきを見ることができました。
一幕の途中まで、こうした音楽を実現させた三澤君に嫉妬を感じていました。
しかし、場面転換の音楽で高橋さんに心を射られ、嫉妬心は消え、ただただ人間の偉大さと、芸術の素晴らしさ、高貴さに打たれ続けました。
一幕が終わったとき、尊敬する友人であり、著名な音楽評論家でもあり、『カラヤンとLPレコード』 の著者でもある板倉重雄さんが、瞳を潤ませながら、こうわたしに言いました。
「あのワーグナーが、弱者の心を理解し、痛みを持つものの心を語るとき、どうしても瞳がうるうるしてしまうのです」
その瞬間、若い頃、わたしが理解できなかったパルジファルの門が開きました。
高校時代から悲劇的なものに惹かれ、ダイナミックなものに惹かれ続けたわたしですが、何度もの怪我を経験し、ヘルニアに襲われ、初めてパルジファルに癒される自分がいることに気付いたのです。
いろいろな意味で、意味のある演奏会でした。
演奏会が終了すると、三澤君には 「素晴らしかったよ、嫉妬するほど!」 とだけ伝え、チーム平のみなさまと夕食をとりました。

パルジファルの関係者のみなさま、ほんとうにありがとうございました。
三澤君、嫉妬するほど素晴らしい音楽でした。
高橋広さん、あなたのヴァイオリンに、心も体も動かされました。
高橋正光君、やはり親友は素晴らしいです。人生の後半に、ふたたび語り合える幸運を噛みしめています。
チーム平のみなさま、素晴らしい時間を、ありがとうございました。これから形あるものにご一緒できるよう努力させていただきます。
板倉さん、大いなる気づきを、ほんとうにありがとうございます。そして、音楽への溢れる愛を、ありがとうございます。
大いなる波が訪れ、人生が揺れる時期ですね。
真の意味で、自分の命を生きられるよう、毎日をしっかりと過ごしていきます。
諦めず、頑張りすぎず・・・・・・。