体裁を繕うこと | トナカイの独り言
2008年12月13日(土)

体裁を繕うこと

テーマ:まじめな話

 わたしは20才代の前半から30才代の頭まで、ロータリークラブで通訳として働いていました。

 主にカリフォルニアと群馬、新潟の交換留学生の間に立ち、彼らをいろいろなところに引率したり、彼らの会話を訳したり、交流のお手伝いをさせていただきました。この経験は、ほんとうに素晴らしいもので、チャンスを与えてくださったみなさまに、いくら感謝しても足りないほどです。


 そんな通訳の経験中、とても困ったことが一つありました。

 それはたくさんの日本人大学生が、「東京のマンションに住んでいる」と発言したことです。

 マンションは英語で大邸宅を指します。

 英語でマンションに住んでいると言ったら、少なくても部屋数が二桁あり、少なくともバストイレだけで4個所はあるような建物になります。玄関にロータリー型の車止めがあり、二十台くらいの車が止められる家です。もちろん水泳用のプールはあたりまえ。室内温水プールを完備しているところも多いものです。

 だいたい、大学生はどんなことがあっても、北米ではマンションに住みませんね。マンションは富豪の住まいであり、その子息たちのものではありませんから。


 とても困ったマンションという言葉の使い方ですが、誰が何のために流行らしたのでしょう?

 集合住宅を意味するアパートという言葉が、日本ではいわゆるうさぎ小屋の代名詞となりました。そこで、やや高級感のある集合住宅を販売する際に、誰かが考案した呼び名なのでしょうか?

 しかし、このマンションという語を使うことで、たくさんの誤解が生まれてきたことは、あまり知られていません。


 こんな言葉の使い方を、体裁を繕うと云うのでしょうか。

 通訳するわたしは、このマンションを必ずアパートと訳しました。アパートメントという言葉を聞き分けた日本人大学生が、「アパートじゃないっ」と口を突っ込むこともしばしば。そのたびに「英語でマンションとは…」と説明を繰り返しました。


 かつてアインシュタインが日本に来たとき、彼は日本人を絶賛しました。

 「地球に日本人がいることこそ、神が存在する証拠だ」とまで云ったそうです。そして、アインシュタインが讃えた日本人は「質素を好み、虚栄や体裁ではなく、ほんとうの価値を知る国民」だったとのこと。


 そんな日本人も、1980年代の土地バブルで虚栄心にふくらみ、2000年代の金融バブルで強欲にふくらみ、2008年の金融バブル崩壊で、進む道を見失っています。

 アメリカの資本主義経済はまったく行き詰まってしまいました。それはもう10年も前から、わかっていたことです。

 これから先を見たとき、もし手本にする国があるとしたら、わたしはスイスやスウェーデン、フィンランドあたりではないかと思います。今回の金融恐慌の影響もあまりなく、独自の道を歩み続け、一つの形を見せてくれています。彼らにも問題は山積みでしょうが、国家破綻などという危機ではありません。

 それを思ったとき、ふとこれらの国に共通点があることに気づきました。

 それはスイスやスウェーデン、フィンランドはとても美しいということ。

 自然という観点からも美しい国なのですが、それ以上にきれいで清潔な国なのです。まずゴミが落ちていません。次に家がきれいで、清潔です。ほとんどの道具や家財が整然と片づいています。

 そんな意味でも、かつての日本は美しい国でした。

 今はどうでしょう。

 わたしは観光で有名な白馬村に住んでいますが、道の端々に缶コーヒーが捨てられ、コンビニの袋が散乱しています。

 きっとアインシュタインは今の日本を讃えることはないでしょう。

 金融バブルの崩壊を期に、世界中がより美しい国を模索してくれることを祈りたいものです。


強欲資本主義 ウォール街の自爆/神谷 秀樹

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