筑紫哲也さん | トナカイの独り言
2008年11月10日(月)

筑紫哲也さん

テーマ:まじめな話

 11月7日、筑紫哲也さんが亡くなられた。

 そして、たくさんの方が筑紫さんへの感謝を述べている。

 わたしも、ここに彼への感謝を書きたいのだが、彼に対するわたしの想いを、わたし以上素直に述べてくれた友がいる。

 ここに彼の言葉を借りたいと思う。少し長くなるが、ぜひ読んで頂きたい文章である。

 ちなみに、友人は遠山といい、わたしは角皆という名である。加えて、文章の一部をわたしが勝手に割愛させて頂いたことを断っておきたい。

 友人とは長い間、音信不通になっていたが、今回のことで、ふたたび連絡をとることができたものだ。


Mr.Chikushi

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 この世界(フリースタイルスキー)に関わったことで、私(遠山)は生涯忘れられない選手に出会った。
 石川康太君だ。
 彼は長野オリンピックの前年、国内の全日本スキー連盟主催大会で、全て優勝した。それにも関わらず、オリンピック代表選手に選考されず、失意のうち引退してしまった。メジャースポーツならきっとマスコミも放っておかない問題であったろう。しかし当時のフリースタイルスキーはマイナーだった。その彼がめざした長野オリンピックで、里谷多英選手が日本人女性として冬季オリンピック初のゴールドメダルを獲得し、一躍脚光を浴びたという事実は皮肉に感じられてならない。いったい、その年の全試合優勝選手を代表にしないというスポーツが、どこにあるだろう。
 この悲劇の舞台裏を世に問うべく、角皆は自らの進退をかけ、筆を走らせた。

 当時彼が連載していた出版社各社に原稿を持ち込むと、そのどれもがスキー連盟との関係を危惧して出版あるいは掲載を断わり、それだけでなく、既存の連載や特集の執筆すら打ち切られ、彼は連盟の役職もライター生命も絶たれてしまったのである。
 私も内容に関して、取材を受け、大筋を知っていたので、「作品が日の目を見ることはないだろう」と悲観していた。

 ところが、である。
 筑紫哲也さんが選考委員の一人をつとめる潮出版の文学賞「潮賞」のノンフィクション部門に於いて、 この作品はグランプリを受賞し、潮出版より出版していただけることになったのだ。

 “流れ星たちの長野オリンピック~ある選手とあるコーチの物語~"

 副題「ある選手とあるコーチの物語」とは、モーグルの岩渕隆二選手と角皆本人、そしてエアリアルの石川康太選手と私という2組の選手とコーチのことを指している。

 連盟を追われ、チャンスと収入の道を失った我々が、それでもスクールやセミナーで多くの選手や愛好者に恵まれたのは、筑紫哲也さんの評価を得てこの本を世に問うことができ、少なからず賛同を得られたからであるのかもしれない。


 従って、筑紫哲也さんは、私達にとって大恩ある人なのである。
 グランプリ受賞の第一報を聞いたときも感極まったが、筑紫さんの選考評文を読んだとき、彼のジャーナリスト魂が深々と心に染み渡ったのを今でも覚えている。


 受賞記念パーティーに呼ばれ、角皆を祝福すると、彼から筑紫哲也さんを紹介された。
 向こうから握手を求められ、恐縮しつつ感謝の手を差し伸べると、誰もがよく知る、あの年輪の刻まれた顔で微笑んでくださった。
 幾多の事象を見据え、日々世に発信してきた男の深い味わいの顔であった。

 筑紫さんは、わたしにこう声をかけた。

 「武術をなさるんですってね。 ペンが拳(剣)より強くないと、あなたが耐えた甲斐が無くなってしまう。この作品が出版されることで、後に続く人の力になることを願っています」

 私は言葉にならず、ただただ涙を流し、筑紫さんの真っ直ぐな眼を、見つめなおすことしかできなかった。



流れ星たちの長野オリンピック/角皆 優人


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