安倍首相辞任 | トナカイの独り言
2007年09月14日(金)

安倍首相辞任

テーマ:びっくり

 安倍首相の辞任にはほんとうにびっくりしました。

 正直、なんでこのタイミングなのか、理解できないところが多いです。


 歴史を振り返ってみると、社会や人には流れがあり、後から考えると、まるで仕組まれていたかのようにみえることも多くあります。

 そんな目で安倍首相の一年をみると、やることなすことすべてにおいて、最悪のタイミングばかりを選んでいたとしか思えません。どこかに悪意ある仕掛けが施されていたのかもしれませんが、本人に問題があったことも事実でしょう。


 安倍首相の辞任と、大きさも意味合いも違いますが、ふとこんなことを思いました。

 「自分がリステルを辞めたときも、まわりの人に同じような感想を持たれたのかな?」

 誰も辞めるとは思っていないとき、誰も理解できないような理由で、突然辞めたこと。

 そのあと、けっこう大変な騒ぎが起こったこと…。

 そんなことを思いました。


 リステルの幹部のみなさんを、今でもわたしは尊敬しています。かつ、大好きです。

 特に当時の社長(鈴木長治氏)と、彼のご子息、そして兄弟のみなさんとは、今でも心のどこかでつながっているように感じます。

 わたしに人生のことを深く考えさせてくれたみなさん。

 彼らみんなから、大いに期待され、最高のポジションにあったにもかかわらず、あっさり辞めてしまいました。

 未来も明るいポジションを捨て、危険な世界に飛び込んだのです。


 正直に辞めた理由を書くと、「自分がやりたいことは、マネージメントサイドで出世したいのではなく、いつまでも滑り手でありたかったし、プレーヤーでありたかったから」というところでしょうか。

 それは今でも変わっていません。

 わたしが X-project Group の社長でない理由も、自分の能力不足というだけでなく、「いつまでもプレーヤーでありたい」というところにあります。


 リステルを辞め、二十年近くがすぎました。

 幸いにも、自分で考えていたより長い間、プレーヤーとして生き残ることができています。

 確かにたいへんな道のりでしたが、ずっと意欲は続きましたし、今でも炎は輝きを増しています。

 個人に、何らかの歴史的役割が振り分けられているとしたら、わたしはその役割に忠実に生きてきたつもりです。


 スポーツを意識したのは小学校4年生の時。東京オリンピックを通してのことでした。

 その翌年、水泳を始めました。

 当時、地元にスイミングスクールや温水プールはなく、シーズンに二ヶ月から三ヶ月泳ぐだけでしたが、小学校から、中学校、高校と、一生懸命泳いできた記憶があります。


 高校卒業からしばらくして、水泳から離れ、不思議なきっかけでスキーの世界へ飛び込みました。

 それこそ、すべての流れとタイミングが、わたしをフリースタイルスキーへと押し流し、そこに全精力をつぎ込むようになりました。

 

 フリースタイルスキーのプレーヤーとして、これからも精進を続けて行きたいと考えます。そして、わたしが持っているノーハウを、スクールや選手の誰かに、できるだけ伝えていきたいと考えています。

KanagawaMasters  今年は小さな頃の夢だった水泳の世界で、“ジャパンマスターズ優勝”という経験をし、不思議な感動も味わうことができました。

 一緒にいたプロカメラマンの工藤さんが、おもわずもらした「優勝しちゃったよ!」

 彼の語感に込められていたのは、まさにこの大会において、わたし個人の力を超えた流れを感じたからでしょう。



 安倍さんとわたしは同じ年です。

 スポーツ界にいるわたしは年齢からまるで妖怪のように言われますが、安倍さんの世界なら、彼はまだ小僧だそうです。


 今回のように、あたかも責任放棄してしまったかのような終わり方でなく、あたかも戦う前に投げ出してしまったかのような終わり方でなく、可能性の限界までやり尽くす姿を、どこかでもう一度見せていただきたいと感じます。


 再チャレンジという言葉を多く使ったのは、彼ではなかったでしょうか?

 命を賭すと言ったのは、彼ではなかったでしょうか?


 彼にこそ、再チャレンジして欲しいです。

 彼に期待して、失望したであろうたくさんの人たちを、心から感動させる姿を、どこかでしっかりと見せていただきたいものです。

 このままで終わるなら、彼の生き方に、わたしは納得できません。

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