ベートーヴェンの“月光ソナタ”といえば、クラシック好きでなくとも、何回かは聴いたことがあるに違いありません。
わたしも大好きな曲の一つで、いったいどれほど聴いたかわからないほど…。
音楽史という歴史から見ても、ピアノソナタの流れを変えた、重要な曲だと考えられています。
月光ソナタが世に問われるまで、ソナタ形式で、もっとも重心の置かれたのは第1楽章でした。しかし、ベートーヴェンはあえて第1楽章に緩徐楽章を配置し、重心を終楽章に移したのです。当時としては異例のことで、常識外れの構成です。“悲愴ソナタ”で、内容的な異端を示したベートーヴェンでしたが、この“月光ソナタ”で、ついに形までも破ったことになります。日本の伝統芸でいう「守・破・離」の「破」に当たる曲であるのかもしれません。
「月光」というタイトルはベートーヴェンが付けたものではありませんが、素晴らしい命名であると感じざるを得ません。この名は、ある詩人が「ルツェルン湖に映る月光の波に揺らぐ小舟のよう」と表現したことに由来すると言われ、ロマンティックな絵がいくつも描かれています。
“月光ソナタ”はベートーヴェンの弟子であり、恋人でもあった伯爵令嬢ジュリエッタ・グイチャルディに捧げられています。そんな事実からも察せられるように、この曲には深い恋愛感情が込められています。
月光に揺らぐ小舟。そこにただよう恋人たち。そんなイメージが、いかにもふさわしい名曲です。
この曲をはじめてウイルヘルム・ケンプで聴いたとき、月光は柔らかい黄色をしていました。
コンサートで聴いたときも、ケンプのピアノは黄色い月光を放っていました。

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それから数人の月光を聴きましたが、ケンプを超える強い衝撃を受ける演奏に出会うまで、しばらく時間がかかったように記憶しています。
ケンプとまったく別の曲、…まるで青白い炎のような月光…に出会ったのはウラディミール・ホロヴィッツを聴いたときです。
全身に鳥肌が立ちました。
狂気の恋。
激しく、絶望するかのような情熱。
今でも、ホロヴィッツの“月光”を聴くことは、一種の特殊体験となっています。

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ホロヴィッツとケンプの「陰と陽」の月光に照らされた後、何人かの実演を聴くチャンスに恵まれました。
そんなコンサートでの忘れがたい演奏に、ラドゥー・ルプーがあります。これはわたしが参加したもっとも印象的なコンサートの一つでした。魔術的と表現できるほどのものでしたから…。
いつか、詳しく書いてみたい体験です。
次に衝撃を受けたCDは、エフゲニー・キーシンでした。
あくまでも美しく、詩的で、透明な月光。美しさという点で、このキーシンを超える月光に、未だ出会うことができていません。

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なかには、イメージとして「月光」を感じさせない演奏もあります。それは“月光”ではなく、まさにベートーヴェン「ピアノソナタ14番」というもので、月の光とは異なった音で演奏されています。ここではアルフレッド・ブレンデルの名演をあげておきましょう。

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ブレンデルはわたしにとって不思議なピアニストです。
いつか近いうちに、彼を中心においてブラームスのピアノ協奏曲第1番についてブログを書いてみたいです。
ケンプに感じた暖かい黄色い月光は、その弟子であるゲルハルト・オピッツに引き継がれています。晩年のケンプよりテクニックがしっかりしているため、ケンプ的な名演奏をよい録音で聴きたいなら、オピッツを推薦します。素晴らしい演奏ですし、一緒に入っている“悲愴ソナタ”もぜひ聴いていただきたい名演となっています。
個人的にはいちばん好きな録音かもしれません。
それから、どうしても書いておきたい演奏にダニエル・バレンボイムがあります。
緻密な構成を感じさせるだけでなく、しっかりとしたバランスとテクニックがみごとな、素晴らしい演奏です。
- ベートーヴェン:ピアノソナタ第8番・第14番・第23番/バレンボイム
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バレンボイムはフルトヴェングラーの大ファンだったそうですが、彼の演奏からはフルトヴェングラーというよりも、カラヤンのような知的な構成力を感じることが多いのはわたしだけでしょうか?
カラヤンが持っていた音のバランスを感じ取る能力、曲全体の構成をつかみ取る能力が、バレンボイムはとても優れていると感じます。
きっとまだまだ“月光ソナタ”の名演奏があるのでしょうね。
もし、「これぞ!」という演奏に出会われている方がいらっしゃいましたら、ぜひお教えください。
きっとわたしは、これからも何度も月光ソナタを聴くに違いありませんから…。
