しばらく前から、シベリウスを聴いていることを書きました。
そんな過程で、とても強く感じたことがあります。それは「やはり、カラヤンは凄い」ということです。
昭和40年代というか1970年代というか、クラシック音楽といえばカラヤンという時代がありました。そんな風潮が高じ、「ほんとうのクラシック通ならアンチ・カラヤンでなければならない」という不思議なブームまで起きたほどです。有名な詩人が、「ベートーヴェン」という詩で、「カッコよすぎるカラヤン」とすら書いた時代でした。なにを隠そう、わたしも痛烈なアンチ・カラヤン時代を通過しています。
そのころ、よくカラヤンと比較された指揮者はカール・ベームとレオナード・バーンスタインでしょうか?
当時のわたしはベーム派でした。
美形で知的なカラヤンにくらべ、ベームは実直で素朴な田舎のおじいさんふうの容貌をしていました。
そんなアンチ・カラヤンの時代から二十台も半ばをすぎたころ、ブラームスに目覚めて、カラヤンの素晴らしさを再確認することになりました。
そして五十才をすぎ、今回はシベリウスでカラヤンの素晴らしさを再度痛感しています。なんと言っても音がきれい、ハーモニーが美しいです。バランスが素晴らしいです。特にシベリウスのような繊細な音の絡みに、絶妙な美しさを聴かせてくれます。まるでオーケストラの奏でる精緻な室内楽のようです。
わたしが好きなカラヤンの演奏は、数人の作曲家の演奏に限られますが、どれも、かつてレコードで持っていたものをCDで買い直しています。
まず、ブラームスの交響曲と協奏曲。1番と4番なら、カラヤンの3時代に渡る録音をすべて持っています。時によって、二回目の録音が素晴らしいと感じたり、最後の録音が最高と感じたりしています。ドイツレクイエムも3種類の録音を持っています。
次にチャイコフスキー。特に5番の演奏が気に入っています。
ドボルザークもいいですね。特にチェロ協奏曲…。ロストロポービッチとの演奏を超えるチェロ協奏曲を、わたしはまだ聴いたことがありません。
ワーグナーも耽美的な世界を聴かせてくれます。
そして、今回聴き惚れているシベリウス…。
わたしは4番以降の4曲しか聴いたことがありませんが、どれも繊細に美しく、素晴らしい演奏です。
6番か7番を、一度でいいから実演で聴いてみたかったと感じています。
ただ、今でもカラヤンのベートーヴェンはあまり感動しませんし、モーツアルトもあまり聴きません。
カラヤンには独自の美学があり、その本質はロマンティックなものではないでしょうか。ほの暗い情念のようなものを感じさせる独自のロマンティシズムが、カラヤンの指揮棒からほとばしっているように感じられます。
そんな情念が、シベリウスの“悲しいワルツ”や“トォネラの白鳥”と共鳴し、希有な名演奏を聴くことができます。
近頃の演奏家で、カラヤンほどのバランスやハーモニーを聴かせてくれる指揮者がどれだけいるでしょう?
もちろん、実演と録音では違います。録音では音をつないだり、バランスを整えたりもでき、カラヤンは録音後の処理に時間を費やしたそうです。しかし、徹底的にこだわったカラヤンだからこそ、その音は彼の美学を伝えてくれます。そして、その音楽が、わたしの胸を打ちます。
今、忘れられつつあるカラヤンですが、どうかみなさん、一度でいいからブラームスとシベリウスを聴いてみてください。
