どうも!

こんばんは。

 

 

2018年7月半ばです。

19:00過ぎまで太陽が見えており、夕日と蒼くひかる月が見られる季節になりました。

 

 

いかがおすごしでしょうか。

 

 

先週のモノブログは介護の手伝いに出かけていました。入院している祖母の手伝いです。ニコ

 

 

その3日間胸のえぐられることがたくさんありました。ショボーン

 

 

今回は3つの見出しとともにモノブログに連続してやってきた胸のえぐられたお話です。ニコ

 

 

明るい話では全くありません。ショボーン

 

 

 

思い出はもう帰ってこない

この日は夏の日差しが眩しい夏至を迎えた後の7月頭でした。ニコ

 

 

20歳を超えて初めて血の繋がりのある親族の入院を前に、胸がえぐられるような気持ちがありました。ショボーン

 

 

僕の祖母は点滴を打ち、先月よりも食事が食べられなくなっていました。

 

 

食欲もない上に「病室の一人の空間が一番生活しやすい」といっており、長期の入院に踏み切ろうとしているようでした。

 

 

入退院を繰り返す中、今回で退院の目処もない状態でもありました。

 

 

住んでいた家は都心では2世帯ほど住めるぐらいの坪面積のある家でしたが、一人暮らしをするのにはとても大変で、病院で過ごす方が気持ちは楽なようです。

 

 

その日は誰もいなくなった祖母の家に妹と泊まりました。

 

 

たばこをくわえて外に出て家の前の道路を見渡すと、お盆とお正月、母方の帰省先から早くに亡くなった祖父が後ろで大きく手を振るなか、走りながら手を振る祖母の記憶が浮かび上がり、胸がえぐられる気持ちでした。

 

 

もうあの思い出は帰ってきません。僕は大人になったようです。

 

 

みんなの発達障害の解釈って何だったのか?

夕食は妹と外食でした。ニコ

 

 

最近のモノブログ心あたりのあることが一つあり、思い切って家族に聞いてみることにします。もぐもぐ

 

 

内容は「大人の発達障害」です。実はモノブログは集団行動が「苦手である」と「見られている」のと、空気が異様に読めない瞬間があります。ショボーン

 

 

発達障害の様相と解釈を見て周りとうまくやれない人の報道から、社会的監禁という解釈を経て、この経緯にも衝撃を受けました。ガーン

 

 

自分が発達障害なのかとそれが心の中にあります。もぐもぐ

 

 

学生のうちでも「病気?って思うぐらい空気読めない時あるよな」と誰もに言われ続けてきましたし、
 
 
これは就労の現場でもかなり響いています。ショボーン
 
 
20代前半の正社員をやっていた時、40歳手前の年上のバンドマン・アルバイトと、3ヶ月で正社員を辞め自由に過ごす30歳のアルバイトにおもちゃにされていたこと、直属の上司に毎度怒鳴られ続けて離職しています。ショボーン
 
 
会社には有料職業紹介事業からモノブログという人材を買いましたが、100万の過失を基にいち企業に打撃を与えてしまいました。ショボーン
 
 
課長は「会社に責任がある」と言っていましたが、アルバイト上がりの直属の上司は「お前に100万かかってたんだな、バカじゃねえの」
 
 
と抜かした上にモノブログの3分の1しか働いていなかった歳上のフリーターたちは「お前のせいで〜」と言っていた覚えがあります。ショボーン
 
 
直属の上司も元アルバイトで、さらに全員アルバイト同士の輪であり、彼らのコミュニティに馴染めることができず、社内の責任を継続的に担うことができなかったのです。ショボーン
 
 
それまで「社内環境が〜」と考えており職業・産業をもろもろ変えて転職しましたが、今回は「個人のものから〜」に考えをおいてみようと思い立っているところです。ショボーン
 

 

そして、もう一つ正直なところ「人と違う」と言われてもやはり主語がないため何を言われているのかわかりません。ショボーン
 
 
ここで痛風発作の治療は終了し、顎関節症も終盤、次に目(車の免許更新に向けて)と脳みそ(心とその他もろもろ)をみてもらおうと思い立ちます。ニコ

 

 
でも発達障害が身寄りにいないため、妹との夕食どきにモノブログが、
 
 
「兄が発達障害だったらどうする?どんな気持ち?」
 
 
と質問をぶつけてみました。ニコ
 
 
 
そこで返ってきた言葉はこちらから。。
 
 
 
 
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アメンバーぼしゅうちゅう
 
 
読者登録してね
(クソみたいなことをするんじゃない)
 
 
 
さて、妹が最初に出てきた言葉は「親は楽だよね」でした。ニコ
 
 
モノブログを見ていて家族が苦労していると思ったらしく、その言葉が出てきたようです。ショボーン
 
 
しかし、モノブログの頭の中では少し変に思うことがあり「どう思う?」の質問をしているはずなのに妹のYou(あなた)からの回答が返ってきていません。ショボーン
 
 
一応「そう思ってたのか〜」と相槌を打ち、質問を変えてみて「発達障害だったら今後どうしようか?」という質問をしてみると、
 
 
「発達障害だったら障害者雇用・障害じゃなかったら頑張るしかないよね」という回答でした。ガーン
 
 
あまりにも冷たい反応で、かつ相手の具体的な答え、気持ちが出てこないということにモノブログ気分がよくありません。ショボーン
 
 
あれほど「病気」だの神経おかしいだの言い続けたわりに自分の気持ちの答えが返ってこないということに違和感がありました。ショボーン
 
 
そして、もしかしたらモノブログの家族関係は冷め切っているのかもしれません。ショボーン
 
 
臨床心理学科を卒業したのにかかわらず学術的(論文)なことしかやってこなかったのか(でもやっぱり中途半端っぽい)
 
 
今度は環境での自分の体、得意分野・不得意分野のできること、できないことをもう一度洗い流してみようとこの夏に思っているところです。ショボーン
 
 
対人関係も清算する
妹との話の中でモノブログのことを大して意外と人って大して考えていないことが初めてわかりました。ショボーン
 
 
これにはとても衝撃です。ガーン
 
 
さて、発達検査もろもろの中で、その中に対人葛藤のような、人間関係の怨恨(恨み)みたいな記憶がモノブログの頭にワッと出てくる場面が今までありました。もぐもぐ
 
 
その中に、ぞんざいに扱われたようなことが記憶の中にあり、具体的な例で正社員なのに歳上のアルバイトパシリに出かけていた中途採用から、
 
 
最近であれば大学の後輩が家に遊びにきた時に、痛風だからとお酒を飲まずにいたモノブログの前で彼らはワインを開けました。ムキー
 
 
お酒を飲む人は嫌いじゃないので、家にあったものでつまみを作ってあげたのですが「ありがとう」が言えない上に「お酒飲めないのにつまみを作って皮肉なことですねぇ♪」と言い、
 
 
朝方「いい酔い方をした」と抜かした挙句、お酒が出るクラブの案内を家に置いていきました。もぐもぐ
 
 
実に舐められているのです。もぐもぐ
 
 
今まで「人の気分が悪いくなることをしてはいけない」と思っていたのと「器のでかい先輩になりたい」と思っていたのですが、
 
 
もしかしたらもう、そうではないのかもしれません。ニコ
 
 
食べながら彼らに作ってあげた料理のメニューを教え、味を見て、彼らが一人暮らしを始めた時の自炊の力になったら、、なんて、
 
 
期待もして、大学時代を過ごし、社会人になっても付き合いがあったのですが、結局彼らは一人暮らしを始めても自炊のできない人間になっていました。ショボーン
 
 
過ごしている時間軸が変わり、生活スタイルも優先順位が違うことに気づかなければいけなかった、そして自分がカモのようになっていたように悔しさがやってきます。ニコ
 
 
けち臭いことを言うとかけた金、時間、アイディア、もろもろ用意しても彼らに伝わるかは全て委ねられており、モノブログが干渉するもの自体おかしかったのかもしれない上に、
 
 
この上「人に近づきすぎたね」と俯瞰した態度で言われるとカチンときてしまいます。ショボーン
 
 
もう一体どうしたらいいのかわからなくて、「冷たい人間になる?カモられないってどうやるの?」「距離感を知る?境界線のようなラインなんて貼ってないよな?」と、そして「強く言えない」と悩む時間も少し出てきました。ショボーン
 
 
ここで、もしかしたらここ10年近く築いた自分のものを分解して、再構築する時間なのかもしれません。ニコ
 
 
また、現在文章を打ちながら妄想が出てきて「何か返ってくるのを期待してたの?」っていうガールズちゃんねるのような書き込みをしたくなる気持ちの読者がいたらとムカつく妄想もわいてきます。ウインク
 
 
そこでさまざまな得意分野・不得意分野を数字でわかる、あるいは全く別のものの見方から自分を見てみようと思います。ニコ
 
 
よしチャレンジしよう。もぐもぐ
 
 

消えていく自治会の声・静かな空き家通り

次の日の朝方にモノブログ妹は早い便で帰りました。ニコ
 
 
モノブログは家の片付けをして、鍵を閉めます。ニコ
 
 
鍵を閉めた家を眺めながら、さみしくなり胸がえぐられてきたような感じがして少し涙が出てきました。
 
 
ただ電車に乗るのも胸が痛くて嫌なので、記憶を頼りに少し家の近所を歩いてみました。
 
 
そこで違和感が出てきました。空き家が多すぎるのです。
 
 
芹沢(仮名)さんちはピアノ教室を奥さんがやっていたのですが、表札がなくなって売り物件になっていました。
 
 
角っこにあったタバコ屋はなくなり、さら地に変わり、10年前は学生が掃き溜めのように住んでいたアパートは賃貸物件の表札が出ているも網戸の修理をせず、穴が空いてボロボロで、10部屋中8部屋がカーテンも無い上誰も住んでいませんでした。
 
 
そして人の声がほとんど聞こえないのです。
 
 
あまりにも違和感があるため、自治会マップ(回覧板を回すための町内会地図)を読むと、道の通りに3軒は必ず売地、そして2軒は必ず売り物件が存在する自治会になっているようでした。
 
 
この頃夕方の17時で中学生の帰宅時間ごろらしく、自治会の道1本挟んだ区から中学生の帰宅する声が聞こえてきますが、誰一人としてこっちに制服を着た子は歩いてきません。
 
 
そして人の声も聞こえてこないのです。
 
 
その前日の晩、モノブログの祖母の家で過ごす中で恐ろしく孤独を感じ、胸が締め付けられるような気持ちになりましたが、その気持ちの中に住民を見かけなくなったからとふと思い立ったのです。
 
 
戦後あれほど産業が発展し、バブル崩壊まで勤め上げたエネルギーあふれた人たちみんなで成り立っていて、夕方になると家の生活の音がして、近所に住んでいた子供達の声が聞こえる1990年代後半のあの頃から、現在はその自治体もろとも静かになっていました。
 
 

また何か別の、胸がえぐられるような気持ちがやってきました。

 
 
また明日。ニコ