お店買います

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ノゾムは会社を辞めた。理由?流れだった。青森への突然の転勤命令にノゾムが顔を歪めたのだろう、上司は「嫌ならーー」と黙った。ノゾムは「そうですね」と言った。その場で退職届けにサインをさせられた。
ビルの自動ドアを出てから、ノゾムは何処へ行くか悩みもしなかった。最高高級車の販売店を設立した。ショウルームはない。お客は前の会社の中でも高級取りの極一部のエリートだ。一台1000万、利益200万、二ヶ月に一台売れると充分だ。
会社設立し、ひとまず自分のワンルームマンションを本社にした。
電話回線を二つ引いた。電話とファックスのためだ。
このファックスがうるさいーー母親より、恋人より、朝枕まで来て顔を叩く猫より。いや、深夜墓場を走り回る亡霊よりーーこれは言い過ぎか⁈
ノゾムが販売するのは、イタリア車に限っている。日本での販売会社が少ないのと、一度癖があるイタリア車に惚れ込んだひとは、その癖が好きになり他の車に乗れないのだ。デイトの度に三十分遅れ、そのくらいで怒るなんて男としてレベル低いよ、と言いながら、二人だけになると首に巻きつき「愛してる、ごめんね」を言い続け、ベッドに転がる。そんな感じだ。イタリア車のメーカーには悪いがそういう感じがする。
幸せな結婚のためにはイタリア車を選ばないだろう。イタリア車はその時を楽しむためだ。そうでないと、ドアが閉まらなくなったり、手を放すと左に曲がって行く車に乗らないだろう。女性の皆様、ごめんなさい、しかし、男にとってはそうなのだ。ドアが時々落ちる、ウィンカーが折れる、ギヤが入らない女性になぜか惹かれるのだ。もちろん幸せなドライブは保証されない。
山の中で一夜を過ごしたり、そこで恋に落ちる出会いがあったり(その落とし穴はいたるところにある、銀座にも浅草にも下北沢にも)するのだから。
話を戻そう。
そのイタリアの輸入販売を始めて、事務所を整えた時、直ぐたくさんのFAXが来た。一日二十枚。
内容は、「業務用スパゲティ、安く販売します」「台湾出身の中国人を雇いませんか?派遣します」(北京出身のノゾムの奥さんは怒ってこう言った、「台湾出身なら良いの⁈ 悪さは同じだよ」ーー確かに、悪さは全人類同じだ。しかし、レストランへの派遣に台湾からのひとを本当に連れて来ているのか⁈ 本当は中国本土のひとではないのか⁈ーーノゾムは言わなかった。
業務用スパゲティ10kg、マッシュルーム2kg、ホールトマト24缶、それに便利そうなスパゲティトング、ソースパン5種セットーーいろいろな宣伝が毎日来る。
FAXのトナー代と紙の料金を考えたらとんでもない、と毎日厚くなった紙を捨てていた。
ある日、ノゾムは一枚の紙を捨てれずにテーブルに置いて一時間は見ていた。
それはA4のモノクロに、「わたしの過去を消してください。料金3万/日」とあった。
今の収入よりいいじゃない!!!
ノゾムはFAXにある電話番号に即電話した。
ルールー、ルッ。
「お世話になります。過去消し代行のボーケです」若い女性の声だ。
「東京都xxxxxxxxxxxxのyyyyノゾムさんですね」
つい、ノゾムはハイと返事した。電話番号が登録されています。今日のご注文は?
実はこのFAXは先週から契約して使っているのですが、毎日イタリアン料金の材料と調味料、調理器具の宣伝のFAXがたくさん届くのですが、うちはイタリアの特別な車の輸入代行会社でレストランではないのです。
「申し訳ございません。FAX送信会社は別でございましてーー」
「そこの番号は?」
「秘密保持契約で公にできないんですねーー」しばらく黙って(多分考えて)彼女はこう言った。「どうでしょう!!!ほとんど有名なインターネット案内から検索して自動でFAXしていると思います。有名なインターネット案内の会社に電話をなさっては????」
京都の街を一日歩いた後の感じで、ノゾムは「ありがとう」といった。言葉の合間に淀川や河原町の渋滞の悩みをはさみながら。
『ジャラン』には消してもらった。しかし、FAXはへらなかった。
ノゾムは決心した。『お店買います』のFAXにはすべてメールで、査定してくださいと送った。『スパゲティ卸します』のFAXには、10%の値下げ依頼のメールを送った。同時に、東京の文京区、北区、他北側のイタリアンレストランに、受信したFAXの値引きを消して見積りを作成し送信した。
半年後、ノゾムはイタリアンの男を紹介する仕事までひろげた。ひろげざるを得なかった。台湾出身のコックを送るより良いだろう。
人手が足りない時は、髪を染めて、片言日本語のノゾムが出向く。
時々、『お店買います』のFAXが来ていた。ノゾムは『お店売ります、イタリアンコック付き』のFAXを北東京地区に送った。狸と狐にピザを売りに行く感じだった。
三週間後、電話がきた、
「お店、売られるんですか?」
「もちろん、値段によりますが」
「そのあとも勤めて頂けるんですよね」
「もちろん、そちらが満足してくださるのでしたら」
「イタリアンでも、特別なシチリア料理も大丈夫ですか?」
「なんでも」

ノゾムは店を売った。買った時より3000万高くで。条件はコックとして20年勤めること、その保証としてありとあらゆるものを担保にさせられた。

ビザ、スパゲティ、チキンのバジル炒めーー半年はそれが続いたーーそのあと、トマトのピザ風グリル、スパゲティの麺抜き、チキン炒めのバジルとオリーブオイル抜きが増えた。客層も変わっていった。
一年後、トマトとハムのサラダ、チキンの半焼きの注文が増えた。

仕事にやりがいを失ったノゾムは妻のノゾミに、ある日、店をやめたいと打ち明けた。「良いんじゃない!!」と言うノゾミの横顔が口が飛び出て、耳が高く、尾まであった。「それで、子どもとわたしをやしなっていけるなら」
頭まで布団を被って寝た。

翌朝、ノゾムはいつものように鳥の羽根をむしっていた。「おはようございます」挨拶して行く人びとが、口が長くなり、耳が立ち、スカートの裾から襟巻きのようなものが下がっているとしか思えなかった。













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