宇宙時計

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我が家のリビングにある時計は宇宙時計と呼ばれる。近くのスーパーの大売出しの時、籤で当たったものだ。その時、確かに火星から来ましたと言っても信用されるだろうと思われる真っ赤な大きい眼鏡をかけ、赤いジャケットの男がこう言った。
「これは単純な時計ではありません。衛生から正確な時間を一日一度受信するだけではありません。なにしろ宇宙時計ですから」
銀色の安っぼい丸い金属の時計、裏には単三乾電池二個入れるだけである。リセットボタンを押すと、焼き鳥を焼く時にぱたぱた扇ぐ団扇のように分針がぐるぐる回って
、多分衛星からの電波を受けとっている。受け取り終わると12月の真下にある小さなランプが赤く点滅する。正しく受信したと判断したらーーーー誰が判断するのかはわからない。時計が自分でできるのだろうーーーー緑にかわるというものだ。
私の読書用のソファの背後の壁の高いところにかけてある。
そもそも、ネジ巻き時計の頃を過ぎてから、私たちは時計とは止まらない、狂わないとどこかで信じてきた。ちらっと見るけれど、正しいだろうかとか疑問を持つことはない。それが幸せな時計との関係だ。毎日、大丈夫だろうか、正しいだろうかと疑問に思っていたら朝食も落ち着いて食べれない。もちろんテレビを見れば問題ないといえばないんだが。しかし、例えば、家を出る時、奥さんは突然いなくなるのではないかと不安を持っていたら、昼食のサブウェイのサンドイッチも喉につかえてしまうだろうし、お客さんと打ち合わせしていても、電話して確かめようかなとか考えて仕事もまともにできない、それと同じくらい、時計が正しいだろうかと疑問を持つと悩みは大きい。だから、私たちは時計を通常信頼している。私もそうだ。
しかし、ある日その大きい悩みがやってきた。衛星からの電波を受信しても、ぴったり3時間30分ずれてしまうのだ。3時間30分遅れてしまう。機械が嫌いな妻は、ガラスを割って針を手で動かして合わせたら⁈と言う。
いろいろやっても合わないので、駅の向こうの時計屋へ持っていくことにした。駅手前のスーパーーーーーそう、この時計をもらったところだーーーーまで来ると、真っ赤なサングラス、赤いジャケットの男が腰を曲げて近づいてきた。
「お客さん、どうしました?」
「時計が合わなくなったんですよ。時計屋まで・・・・」
「いえいえ、時計は狂っていません。見方の問題ですよ」私をさえぎって彼は説明を始めた。「これは通常の時計ではございません。宇宙時計です。お客さん、宇宙は膨張しているのをご存知ですよね。そこでは星が光と同じ速度で移動しているところが、荒川と多摩川のようにわたしたちを囲んでいるのです。そこに近づくと徐々に時間は遅くなり、最後は停止します。
相対性理論では、そこでは人間は歳をとらないことになります。どれどれ、3時間30分遅れていますね。この3時間30分は、あなたが通常より余分に持つ人生で、この時間分あなたは他の人よりいろいろ余分なことをしても大丈夫ということです。しかも、その時間にあなたが行なったことは、光よりも速く地球から遠ざかるので、誰も気づかないということです」
「わたしが地球にいても?」
「地球にいるあなたは3時間30分前の幻のあなたで、実際のあなたは3時間30分先にいます」
良く考えてみるためにスーパーでビールを買って帰った。赤い服の男が言ったことを実験することにした。
もし彼が言ったことが正しいなら、今私が飲んでいるビールは、妻から見るとすでに空っぽのはずだ。1ダース飲んだとしたら、私が飲んでいるのは妻は気づかず、妻は空っぽの缶がひとりでに台所の流しに並ぶのを見て驚くことになる。
3缶目のプリングを引っ張った時、シャワー室から出てきた妻が、私の頭を叩いた。
「えっ!見えるのか?」
「なにバカ言ってんの?それが最後だよ」
私は時計を見た。
なんとわたしの3時間30分がなくなり、正しい時間になっているではないか。
急いでスーパーに行ったが、赤いジャケットの男はいなかった。
今度、10時間遅くなったら、是非タヒチ行きの飛行機に乗ると私は決めた。誰にも見えずにタヒチの海岸を散歩するんだ。ゴーギャンの時間に追いついたら、もしかすると彼の上着のはしっこを捕まえれるかもしれない。本人は時間の先に消えていても。でも、その時私が見る夕陽は、彼が何年か先で同時に見ているかもしれない。
「もう夕方よ、晩御飯どうするの?」
「日立の電気釜のご飯とひじき、違った、タヒチの夕陽」
「何、それ?」
「いや、どちらでもいいよ」
その時から、読書をしていても宇宙時計を何度も見上げるようになった。まあ、それで規則正しく食事をとる習慣はできたけれど。






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