久しぶりにKさんと話がしたくなった。

あまりに霊調が悪いので、ちょっと愚痴りたくなって。

「また生霊が来てさぁ」

「あらまぁ、大変ねぇ」

なんて、会話は普通ありえない笑笑

でも、10年くらいはこんな感じだから、これが私の普通なんだよね。

ただ、夫かKさんくらいしか、会話にならないけどチュー



Kさん「こういう(霊の)話は久しぶりだわ〜〜」

私「幸福の科学の中でも、霊の話はできないんだよね」

Kさん「私もしない」

身内でも霊の話は怖がらせてしまうそうだ。


Kさん「何で幸福の科学の中で、話せないんだろうね」

私「怖がられるだけで、なんの役にも立たないもん」

Kさん「それは君たち、(言い直して)あなた達が言わなかったからでしょって」


Kさんは、周りの法友が霊の話、とものすけさんの話を聞こうとしなかった、ということを指していた。

そして、そのままKさんの話は続いたが、私の頭の中には入ってこなかった。

君たちが言わなかったから

それは先生の言葉だった。

Kさんは、「君たち」なんて言葉は使わない。

だから、慌てて言葉を言い換えたのだ。

それに、先生が言葉を下ろしても、今まで通りなら「あなたたち」と表現しただろう。

あえて、私が気づくよう「君たち」と表現したと思われる。


Kさんは気づかないまま、話を続けていた。

でも私は何も言わなかった。

ただ、ぐるぐるとその言葉が頭を巡っていた。



私が霊の話をして、何になる?

幸福の科学の中でさえ、怖がらせるか、変な顔をされるか、信じてもらえないか。

迷惑になるか、自分が傷つくだけだ。

だから、霊の話は聞いてもらえないものだと、Kさんも私も思っている。

だから、それが先生の言葉だと、私は信じたくなかった。

自分の直感は、先生だと感じたにも関わらず…



でも、ブログで自分の霊体験を書き始めた矢先のことであり、話したいと思っていたことでもあり、そうした上での先生の言葉だと考えると…

いや、考えるまでもなく、気づいている。

自分の直感を否定した時、とんでもない目にあった事が何度あったか…

お腹の調子がまた悪くなって、病院の待ち時間に書いているんだけど、尚更そう思えてくる。

先生は、霊の話を当たり前に、話して欲しいんだろうなぁ…

そこにどんなメリットがあるんですか?と聞くこと自体、間違っているのはわかっている。

善行をする前に、ご褒美は何ですか?と聞いているようなものだから。

Kさんはよく、W先生に「それをしたら、どうなるの?」と聞いては怒られてたそうだ笑笑

そりゃそうだ、と人のことは笑いながら、自分のこととなると見えなくなる。



霊は異なもの怖いもの

そうしたイメージを払拭し、ごく身近な存在だと肌で感じてもらえるよう、噤んでいた口を開くように努力してみよう。

知れば知るほど、霊体験しちゃうんじゃないですか?なんて思われるかもしれないけど、

死ねばみんな霊になるんだから、

生きてるうちに知っといた方がお得じゃない?

なんて、気楽に思ってもらえたら、いいなぁチュー